5.悠久王国のシロき王子:アフター

 【2080年6月2日。】


 悠久王国に舞い戻ったシロ王子。

 飛行船から降りると、出発の日のようにして兵士に挟まれ、王城に続く露店街の中心を堂々たる姿で闊歩した。

 そして、王城前に目を向けると、そこには王子を見て涙ぐむ父上のジョアン王と、母上の姿があった。

 二人を見た王子は走り出し、二人に寄り添おうとする。


「ッ!」

 

 だが、露店街を走り抜けようとした時だった。

 兵士らが立っていた隙間に、ヘレンの野菜露店が見えた途端、王子は足を止めた。


「……どいてくれ」


 兵士を避けると、そこには老いたヘレンと孫娘のアンナが露店の椅子に座っていて、王子は彼女らを見下ろした。


「ヘレン婆さんと、孫娘のアンナ……だったな」


 ヘレンは王子を見るやいなや、すかさず頭を下げた。


「王子、ご無沙汰しています。ご無事なようで何よりです……」

「……良い。顔を上げてくれ」

「は、はい……」


 彼女は出発の日、わざわざ誕生日プレゼントとして最高の野菜を運んできてくれた二人だ。それを無下にして、二人の心を殴った。あの日はしっかりと覚えている。


「今日の野菜の出来はどうだ。余に献上するくらいの出来なのか」

「お、王子様の目に適うような野菜はございません……」


 当然の返答だった。誰だって苦労して作った野菜を潰されたら最低な気持ちになる。……そして、見ろ。幼き女の子のアンナも、王子である自分に対してこれ以上無い憎しみの瞳で見つめている。周りの兵士たちですら、また自分が何かを仕出かすのではないかと、そんな目で此方を見ている。


「……アンナ。ちょっと良いか」


 王子はそんな冷たい視線の中、膝を付き、アンナに目線を落とした。

 すると、周りの兵士たちは、始めてみる民と同等の目線から話をした王子にザワついた。


「王子嫌だ、あっち行って! 」


 しかしアンナは王子に乱暴な態度を取った。

 彼女の祖母は「こら! 」と声を上げ、兵士たちも「まずい」と思ったが、王子は物腰柔らかく言った。


「すまない。余は野菜作りがどれほど大変なことか知らなかったんだ。だがな、余も短い時間だったが農作というものに触れてきた。あの時はお前を悲しませたな。良ければお前が作った野菜を今一度見せてはくれないか」


 祖母や兵士たちはザワつく。

 アンナは、そんな王子をじっと見つめ、言った。


「野菜を食べてくれるの……。また、潰す……? 」

「もう潰さない。お前の目の前で食べてみせる」

「……本当に」

「本当だ。お前の作った野菜を、この手に乗せてくれるか」


 片腕を差し伸べる。

 彼女は以前の恐怖を覚えていて少し間を置いたが、露店の並んだ箱のうち、一番小さな箱から、土に塗れた小さなトマトを王子の手に置いた。


「これ。私が作ったトマト……」

「……ほう」


 それを見た兵士らは「げぇっ」と血の気が引いた。どうしてわざわざ土塗れのトマトを選ぶのか。子供だから仕方ないのかもしれないが、それでは王子の逆鱗に触れるだけだ。また彼女は殴られてしまうと兵士たちは思った。


 ……だが。


「この土は、ミミズが居るという良い土なのか」

「えっ。うん……」

「そうか。ではヘレン、これを洗ってくれないか」


 祖母のヘレンは「は、はい」と言葉に躓きながら、トマトを傍にあるバケツの水で土を洗い流した。王子はそれを受け取ると、口の中にそれを放り込む。やや硬いような皮の弾力、口の中でパリリと弾ける。若干の青臭さはあれど、甘みがとても強い。


(……甘くて美味い。これほどの野菜を作るのに、どれくらい努力と労働をしてきたのか)


 アンナとヘレンは、心配そうに此方を見つめる。

 王子は、ハっとして、それを飲み込むとアンナに言った。


「とても美味い。また、お前の野菜を王城に持ってきてくれ。うちのシェフに最高の料理を作らせる」


 それを聞いたアンナは「本当!? 」と、笑顔を見せた。


「本当だ。では、また来る。ヘレンもいつも野菜の提供を感謝する」

「は、はい……是非もない言葉……」


 あまりにも、今までの王子らしからぬ言葉に呆気に取られるヘレンや兵士たち。

 王子は、その丸くなった瞳の兵士らの壁を再び歩き始めた。


(余は少しずつ変わるぞ。まだやり切れてない部分があるが、この複雑な気持ちも真っ直ぐになるよう日が来ると信じて)


 赤白の派手な王室衣装のマントを靡かせ、拳を握り締める。


「……見ていろ、ロメス。余は王となってみせるぞ」


 いつの日か、立派な王となってやる。

 そして、あの酒場でアロイスを鼻で笑ってやるんだ。

 見ろ、余は立派な王となったじゃないか、と。


 ……なんて、そんな事を考えているうちは、立派な王なんて遠き儚き夢なのかもしれないが。


………


【 そして、遠き遥か地にて 】


 遠き遥か地、東のとある村にて彼は目覚めた。

 治療院のベッドの上で、まるまる1ヶ月も眠りについていた彼は、全身を包帯に巻かれ、未だ暫く動くことは出来ないだろう。


「ここは……」


 か細く言う。

 治療院の医師は「目が覚めたか」と、ベッドの上の彼に言った。


「ここは、山奥にある小さな村のマウンテンヴィレッジだ」

「……私は、生きてるのか……」

「ああ、生きてるよ。最高の治療を施したし、治療費はあとでたっぷり請求させて貰うぞ」

「ハッ……よく不摂生な医師が言える台詞ですよ」


 ベッドの上から見える医師は、半袖半ズボンに黄ばんだ白衣、足を組んで煙草まで吸っている。無精髭に跳ねた髪が何とも酷い。

 そんな見てくれでも、腕が良かったから自分は助かったのだろうか。


(……ん)


 ところが、目線はそんな不摂生の医師よりも、彼の背後に在った新聞紙に目が向いた。


 日付、2080年7月2日。

 悠久王国のシロ王子、海外視察へ意欲的な動き。

 民たちの生活に触れることで、心を分かち合えるよう努力したいという台詞が飛び出している、と。


「……シ、シロ王子…!? 」


 それを見た瞬間、男はベッドの上から身体を起こす。

 

「お、おい無茶すんなよ。まだ完治してないし1ヶ月も寝たきりだったんだ。リハビリだって……」

「違う。私は……行かねば。シ、シロ王子が一体どうして……」

「シロ王子? 何だ、アンタ悠久王国の関係者か。道理で飛行船なんかで落ちてくるわけだ」

「か、関係者も何も……」


 男は、這い蹲って新聞を取り上げ、内容に目を通しながら叫んだ。


「私はロメスと言います。この新聞のシロ王子の側近役です! 」

「な、何だと? 」

「今すぐにでも、電信機で連絡をして下さい。私は生きていると! 」

「ちょ、ちょっと待て」

「王子にお伝えください! 早くッ!! 」


 興奮したロメスは、医師の肩をグラグラと揺さぶる。


「シロ王子、私は直ぐにでも悠久王国に戻ります。待っていて下さいッ!シロ王子―――ッ!」


…………



【 悠久王国のシロき王子編 終 】



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