5.悠久王国のシロき王子・前編

 西方大陸、ウェストフィールズの果てに『悠久王国』という王政国家があった。

 かつて、古代戦争時代に英雄と呼ばれた一人が成した国とされ、今なお伝承が残る地には、古来より続く王室の血筋による王政を全うしていた。


 ところが。その血筋において、現在、王室は大きな問題に直面していた。


 それが今年で元服を迎えたばかりの『シロ』王子だった。


 彼は、煌く黄金の髪と美白の肌、端麗な顔立ちと、一見すれば威厳ある王室一族そのもの。だが、もう大人になる良い年齢だというのに、まるで幼い雰囲気と顔つきなのは、彼がどれだけ甘い生活に身を投じてきたか良く分かる。


 そう。彼は、我がままだった。


 それは父である当代王が、老いてから出来た子であったが故に、甘やかされて育てられたためだった。叱られる事を知らず、好きなことばかりして生きてきた王子の性格は傲慢かつ暴虐である。我がまま極まりなく、王宮兵士や彼の側近ですら持て余す、煩雑な王子であった。


 そして今日も、シロ王子の我がままっぷりに、悩まされる頭が一つ、二つ。側近が、王子の部屋に足を運び、ディナーの準備が出来たと伝えに行った時のことだ。


「シロ王子、お食事の用意が出来ました」


 立派な顎髭を生やした老いた側近のロメスは言った。対し、王子はベッドに腰掛け、報告に来たロメスに尋ねた。


「今日の献立は何だ」


 側近は頭を下げたまま、王室シェフが腕を振るった最高の献立内容を伝えた。


 今夜のディナーは8品のフルコース。

 オードブル、スープ、ポワソン、ソルベ。それぞれのメニューが、一流のシェフによる最高の料理。それらを側近は完璧な記憶力を持って、どこの産地で採れたのか、どのように調理をしたのか、全てを説明した。


 ……だが、しかし。


「待てロメス。今、鹿ロースのステーキと言ったか」


 肉料理について説明をしていた最中、王子は話を遮った。


「はい。本日は鹿ロースのステーキ、ポワブラードとなりますが……」


 それを聞いた王子は「嫌だ」と、首を横に振った。


「今の余は、星降牧場の霜降肉が食べたい。今すぐ買って来い」


 出た……と、側近は思ったが、いつものことだ。グッと堪えて答えた。


「王子、大変恐縮ではございますが、もう夜も遅いため、馬車を走らせても深夜になってしまいます。明日のディナーには間に合うよう致しますので、ご寛容頂けませんか。本日の鹿ロースは、我が悠久王国産の世界に誇る最高級の……」


 必死に説明する側近だったが、シロ王子は近くにあった分厚い本を側近に向かって投げつけ、騒ぎ立てた。


「ふざけるな。今この瞬間に余が欲しているというのに、それを聞けないのか!」

「し、しかし……」

「ならば父上に頼んで貴様はクビだ。もう余に顔を見せるな!」

「お、お待ちを!申し訳ありません。ただいまシェフに確認して参りますので、それだけは」

「最初から素直に確認しに行け!無かったら買って来い。すぐにだ!」


 側近は深々と頭を下げ、部屋を後にした。

 煮え滾る文句はあれど逆らうことは許されず、側近は急いでキッチンルームに向かう他なく、既にフルコースの下準備を終えていたシェフに尋ねた。


「失礼致します、シェフ。いつものお話です」

「ロメス殿……ということは、またですか」


 それだけで会話が成り立つから恐ろしい。シェフは溜息を吐いた。


「今度は何をご所望ですか。南方諸島のバナナデザートですか。それとも北方ブランドの葡萄か、ワインか。東の岩塩プレートで焼いたフィレ肉ですか。もしかして、新鮮な刺し身で日本の寿司を握ってくれ……なんて言いますかね」


 シェフが小馬鹿にしたように言った品々は、どれもこれも過去に王子が唐突に欲した料理だった。側近はそれを聞いて苦笑しながら、王子が食べたいと言った『星降町の霜降肉』はあるかと尋ねる。


「こ、今度は星降牧場の肉と来ましたか。あれは月一のセリでしか入手出来ませんから、お分かりかと」

「……当然ですね。分かっておりました」


 遠まわしに言っても分かる内容。答えは、ノーだった。

 しかし、シェフは「あ、待てよ」と、巨大な冷蔵庫を開いて、革袋詰めされたサシの多い肉の塊を取り出した。


「星降牧場のではないですが、国産の霜降等級で良ければ残っていますよ」

「……国産の霜降牛ですか。それを星降の牛肉と言って出すのも有りでしょうが、しかし」


 さすがに我がまま王子といえども、王子は王子。騙すのは忍びない。


「……いや、待てよ」


 だったら、嘘にならない方法くらいは有る。


「シェフ。その牛肉で調理をお願いします」

「……この肉で宜しいのですか? 」

「ええ。王子には、『霜降牛の肉をご用意しました』と、だけ伝えます」


 星降牧場の物かどうか、という点には触れない。

「霜降肉のご用意が出来ました」

 と、それだけで納得はして貰えると思う。どの道やや騙す形になってしまうが、王子自身が満足して貰える方法としては、これくらいしか思い浮かばなかった。


「分かりました、それでは此方を使って調理を致します」

「宜しくお願いします」


 シェフに頭を下げると、側近は急いで王子の部屋へと向かう。

 扉をノックし、許可を得た後、ベッドの上で転がる王子に対し、

「霜降肉のご用意は出来ました」

 言葉を伝えると、王子は再び近くにあった本を側近に向かって投げつけながら叫んだ。


「ほら見ろ、やっぱり霜降肉があるじゃないか!」


 王子の反応を見て安心する。良かった。予定調和だ。

 だけど、ここは謝罪だけはしておこう。


「申し訳ありません、シロ王子」

「……ちっ」


 何という態度だろう。

 ただでさえ無茶な要求を突きつけているというのに、準備しようと努力する相手に対して王子は舌打ちした。ゆっくりとベッドから立ち上がり、のそのそ歩くと、部屋の出入り口で王子を見送ろ側近をわざわざ押しのけ、食堂に消えて行った。


(ふぅ。やれやれ……)


 取り敢えず王子が納得してくれて一安心するロメス。

 だが、彼にとって今日のことくらいは何ともなかった。何故なら、普段から我がまま慣れしているということもあるが、実は、本当に辛いのは明日に控えていたからだ。


(明日から暫くは心休まる時間は無さそうだ……)


 明日、5月14日に何があるというのか。

 それは、その日こそシロ王子が待望していた誕生日だった。

 毎年毎年、普段以上に無茶を仰るシロ王子に、全ての者たちが慌てふためく日であった。


(今年も大層なものを父上にお願いしてらっしゃったものな……)


 そして、今年のシロ王子が望んだプレゼントというのが、これまた王族らしいといえば王族らしいプレゼントだった。


(まさか、今年のプレゼントは、高速飛行船で世界一周旅行なんて言うとは……)


 数日前。王室一家での朝食中、シロ王子は父上に向かい、

「今年の誕生日プレゼントは、高速飛行船に乗って旅行をしたい!」

 と、無茶を言い始めたのだ。


 無論、脇で聞いていた側近は即座に「無茶ですよ」と断りを入れたが、しかし。


 シロ王子の父上である当代王が、

「年に一度の誕生日だ。好きにさせてやってくれないか」

 と、言われてしまった手前、断るわけにはいかなくなってしまったのである。


(王の頼みでは……)


 当代王は、我がままな息子と正反対で、何もかも自ら率先して仕事をこなすエリートである。民の声に耳を傾け、泥仕事ですら請け負う徹底ぶり。そんなわけで、誰もから愛される王の依頼には、いかなる事情があろうと首を横に振ることは出来なかった。


(だけど、私が王子と飛行船で旅行なんて考えもしなかった。胃に穴を開ける旅になりそうだ)


 せめて王か后様がいれば、じゃじゃ馬も少しは大人しくなったかもしれないが、どちらも王室としての業務があるわけで、付き合うことは出来なかった。結局、側近である自分が彼の面倒を見なければならないのだ。


 はぁぁ……。

 深い溜め息を吐くロメス。

 どんな旅になるのか考えるだけで、今からでも頭が痛む。


(出来れば、大雨や嵐になって中止となってくれるくらいが本音では嬉しいんだけども……)


 王に仕える身でありながら、有り得ない神頼み。するものではないと分かっているけども。


「どうか、嵐にでもなってくれませんかね……」


 それほどに、側近は疲弊していたのだ。

 だが、そんな願いは届くはずもなく……。


 次の日の朝、【2080年5月20日。】

 王子は、彼を祝うために城門に連なる兵士たちに囲まれながら、晴れ渡る青空を眺めて高々と笑った。


「はっはっは、快晴だなロメス!」

「……ええ。最高の出発日和ですなぁ……」


 喜ぶ王子。一方で、側近ロメスの心だけは酷く雨模様だった。


「まさに、快晴で……」


 白目を剥きながら、青空を眺めるロメス。飛行船の乗降場所への道を、王子と共にゆっくり歩きながら、「何て最高な日なんだー」と涙目になる。


 すると、その時。


 飛行船に向かう兵士たちに囲まれた花道の途中、荷物を持った老婆と、小さな女の子が王子の前に現れた。


「むっ、そこの……待てッ!」


 

 道に侵入する老婆と幼女の姿に、兵士の一人は道に侵入する二人を抑えようとした。

 が、側近は彼女たちの顔を見て、

「あっ、待て待て」

 と、その兵士を止めた。


「……その二人は王室に地元の野菜を提供している方だぞ。気にしなくて良い。下がれ」

「はっ、そうでしたか。申し訳ありません!」


 側近の言葉に、兵士は一礼して下がる。側近は、老婆と幼女に近づいて声を掛けた。


「ヘレンさん、どうも。ロメスです。どうかなさいましたか」

「おおロメスさん。今日は、シロ王子様の誕生日じゃったからのう……」


 老婆は持っていたカゴを側近に手渡す。

 中を覗くと、採れたての瑞々しい野菜がいっぱいに詰まっていた。


「……これは素晴らしい。これを届けにいらっしゃったんですか」

「誕生日に美味しい野菜を食べてほしくてねえ。それと、孫のアンナがね……」


 アンナ、という言葉に反応した隣の幼女は、側近の持ったカゴに手を伸ばし、小さなトマトを取り出して言った。


「ロメスさん、これね、私が作ったの。シロ王子様にあげたいの。渡してきて良いっ?」


 満面の笑みで、何とも可愛らしく言う。

 普通なら断るところだが、王室に卸して貰っている彼女の手前「ああ、良いよ」と頷いた。


「ありがとうっ!」


 アンナはニコッと笑い、卜テテ、と擬音を出しながら、シロ王子のもとに向かった。

 周りを囲んでいた兵士たちも彼女の懸命な様子に笑顔になったが、その雰囲気が壊されたのは、次の瞬間だった。


「王子さま、これ受け取って! 」


 アンナが背伸びして、トマトを手渡そうとする。

 ところが、王子は彼女に対して最悪の仕打ちをしてしまった。


「何だ、貴様。無礼な奴だ……こんなもの食えるワケ無いだろう!」


 アンナが作ったトマトを、シロ王子は思い切り弾き飛ばしたのだ。その勢いでアンナは転び、トマトは無残にも地面で転がる。更に、あろうことか王子はそれを踏みつけ、怒鳴りつけた。


「泥だらけのトマトなんて食えるか。そもそも余はトマトなぞ嫌いなのだ!」


 その発言と行動に、全員の視線が王子に集中した。 


「シ、シロ王子っ!」


 ロメスは彼の態度に驚き、声を上げる。

 アンナは何が起こったか理解出来ず、痛いやら、悔しいやら、その場で「うああん」と泣き叫んだ。その様子に兵士たちは、怒りをもってシロ王子を睨みつける。が、当の本人は小さな女の子が自分を馬鹿にしたんだとばかり思っていて、そんなことに気づくわけがなかった。


「ロメス、このガキはなんだ。余を馬鹿にしているのか。誕生日に気分が悪い……。こんな汚らしい!」


 それを聞いたロメスは愕然とした。幾らなんでも、こんな態度はないだろう。こればかりは、本気で怒りに満ちた。いくら普段が普段でも、この時くらい優しく接してくれるだろうと思っていたから。


(こ、ここまで王子は腐っていたのか……)


 一瞬でも王子を信じた自分が馬鹿だったというのか。


「くっ…………」


 握り締めた拳が震える。

 こんな王子では、このままではダメだ。

 いっそのこと、殴って分からせてやるしかないのか……。


「シロ王子……ッ」


 ロメスは一歩前に出る。その甘えた顔面に一発、目を覚まさせてやる。

 王を裏切る行為になるかもしれないが、これも自分の仕事に違いない。


 しかし、その拳を振り上げようととした時、老婆ヘレンは背後から掴んで止めた。


「……大丈夫だよ、ロメスさん」

「ヘ、ヘレンさん……」

「大変な失礼だったね。ごめんよ」

「そんなことはありません! 今回は王子が……」


 ヘレンは、笑いながら首を横に振る。


「アンナ、いつまでも泣いてないでこっちに来なさい」


 ヘレンが名を呼ぶと、アンナは泣きじゃくりながら、彼女に抱きついた。


「せっかくつくったのに、がんばったのに……」

「うんうん、頑張ったんだもんね。お婆ちゃんはよく知ってるからね」

「ひぐっ……、うぇっ……」


 涙を流すアンナの背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせる。

 ロメスは申し訳ないやら悲しいやら、負に支配された感情で一杯になった。

 だが、感傷的になっている間に、

「……おい、早く行くぞ。何をしているロメス!」

 シロ王子は、いつの間にか先の道に進んでいた。

 謝りもせず悪びれた様子もない。この時くらいに、苛立ったことがあっただろうか。


「……くっ。そ、そこの、君」


 ロメスは王子のもとに行く前に、先ほど老婆を止めようとした兵士を呼んだ。


「はっ、何でしょうか」

「二人を王城に招待して、精一杯の持て成しをしてあげてくれ」


 王子には聞かれないよう、小声で依頼する。


「……お持て成しですね。承知しました」

「それと、子供には最高のお菓子の家でも作ってあげるようシェフに依頼してくれるか」

「はっ。お任せください」


 笑みで答える兵士。同じく負の感情に呑まれかけている周りの兵士達も、側近の優しい心のおかげで少しだけ気分が和らいだようだった。


「ヘレンさん、申し訳ございませんでした。アンナちゃんも、本当にゴメンよ」


 二人に会釈する。

 ヘレンとアンナは小さく頷くが返事は無かった。


(シロ王子……)


 既に遠くで「早くしろー!」と自分を呼んでいる。

 何て自分勝手な。こんな態度ばかりで、本当に彼は王として認められる日が来るのだろうか。


「ただいま向かいますのでお待ちください!」


 今回の出来事に関し、ロメスは心底、王子に対して肩を落とした。だが、この旅行が終わったら、少しずつでも良いから、『しつけ』をしようと思うきっかけにもなっていた。

 王に直談判をしてでも、彼を父上のような心優しき王に変えるのだ。

 そう決意した。


 そして、一行は飛行船に乗り込むと、長い旅路へとついた。


 ところが、世界一周旅行が始まって、3日後のことだ。

 ロメスと王子を襲う悲劇的な事件が起きてしまう。


 その日、【2080年5月23日。】のことだった。


 シロ王子らを乗せた高速飛行船は、西洋海を越え、イーストフィールズに差し掛かっていた。

 天気は相変わらず好天模様。シロ王子は大変気分良く、特等客室で踊り子らを交え、歓談と酒を楽しんでいた時だった。


「王子、そろそろお休みになられては……」


 側近のロメスは、遊び呆ける王子に進言する。が、当然ながら王子は、

「やかましい!」

 と、聞く耳を持たない。


「ロメス、最近お前は色々と煩いぞ。不愉快だ」

「……申し訳ありません」


 王子のことを思って言っているのに、本人にとっては邪魔なだけか。王子が真の王と成る為に、一体これからどうしていけば良いのか。


「謝るくらいなら最初から言うな」

「……申し訳ありません」

「フン。ではお前は出て行け。俺はこの子らと遊ぶからな」


 王子は客室で踊っていた女子二人を手招きし、ベッドに誘う。

 なんて呑気なことだ。

 ロメスは「はぁ」と気づかれない程度の溜息を吐き、言われるがまま客室を出ようとした。


 しかし、その直前。ロメスが出ようとドアノブに触れた瞬間、それを開く前に、扉が勢いよく勝手に開いて、ロメスは弾き飛ばされた。


「うわっ!?」


 転ぶロメス。ハっとして見上げると、そこには剣を構えて臨戦態勢の王宮兵士が数人立っていた。


「な、何だ、どうしたのだお前たち!」


 異様な兵士らの雰囲気に、声を荒げるロメス。

 すると、王宮兵士らは「もう我慢出来ません」と言って、ベッドの上の王子に剣を向けた。

 踊り子らは悲鳴を上げて部屋の端に避難し、王子は此方に武器を向ける兵士らに、目を丸くしながら言った。


「ロメス、こ、これは何だ!」


 王子が叫ぶと、兵士らは王子の傍に近づいて歯を食いしばってそれを言った。


「王子、貴方は人の上に立つ者じゃない。このままでは国が駄目になる。ここで、その命を断つべきです。どうか……お覚悟を」


 ……反乱だった。

 編成された王宮兵士らは、このタイミングを狙っていた。王もいない、后もいない、空中という隔離された場所で王子を討つには絶好この上なかった。


「ちょ、ちょっと待て。余を殺すというのか!」


 兵士は剣を構えたまま頷く。そして、彼は王子を罰するという覚悟が絶対であるというべき、とんでもない事を口にした。 


「……どうか、お覚悟を。その後、我々も後を追う心構えは出来ておりますので、ご安心下さい」

「な、何!?」


 兵士は額に汗を流しながら言う。

 よもや「王子を討ち自分も死ぬ」というのか。

 彼が本気だと理解した王子は青ざめた。


「我々は国の為に貴方を討つのです。しかし私らが反乱したとあっては王室の恥だ。ですから、飛行船で事故が起き、全員が死したものとすればいい。この場にいる兵士全員が同じ想いです」


 徐々にシロに迫る兵士に、王子はじりじりと後退する。


 「くっ……!? 」


 恐怖に怯える王子。

 ロメス、助けろォ! と、けたたましい叫び声を上げた。


「……はっ!? 」


 あまりの出来事に頭についていかなかったロメスは、王子の一声で我に返る。慌てて立ち上がると、剣を構えていた兵士を弾き飛ばして叫んだ。


「ま、待て待て! お前たち、そんな無礼が許されると思うのか!」


 転ばせた兵士に向かって言う。しかし兵士はロメスに対し、悲しく潤ませる瞳を見せて言った。


「ロメス殿、邪魔をされるな。貴方も分かっておられるはずだ……」


 それ以上の言葉は要らない。兵士の瞳は、ロメスさんも分かってくれるだろう、という、悲しさに満ちていた。


(な、なんて目をするんだ……)


 王宮兵士らに悪意はない。そこにあるのは、王国の民の未来を願うという本質だけ。彼らもこんな手段は取りたくなかったのだろうが、この方法がないと決意したのだろう。


「……い、いや。ダメだ。それでもダメだ! 」


 ロメスは大声で言った。


「ロメス殿。ダメなのは王子のほうです。もう、我々は止められない! 」


 再び剣を構える兵士。背後に立っていた数人も同じように剣を構え、ゆらり、ゆらりと王子に詰め寄り始めた。


(本気だ……。このままでは……! くっ、こんな事になるくらいなら、あの時……)


 その顔面を殴りつけていたほうが良かった。

 王に咎められようが、思い切り殴りつけて、今回の飛行船旅行を中止にしたほうが良かったのだ。


「……っ」


 だが、今更だ。もう遅い。今この瞬間こそ、王子の命は風前の灯火に等しい。このままでは王子は殺されてしまう。

 ……だけど、それで良いのか。良い訳がない。


「絶対に、王子は殺させんッ! 」


 ロメスは動く。ベッドの上で、兵士の気迫に制止した王子の手を引き、部屋の隅である窓際に移動した。


「ロメス殿、諦めて下さい。逃げる場所などありません」


 勝利を確信する兵士たちは、ゆっくりと二人を追い詰めていく。


「ロ、ロメス……。何とかしろ、ロメス、余が殺される、早く、早く!」


 握り締めた王子の手はガタガタと震える。大丈夫、王子は殺させない。


「ご安心下さい王子、これでも側近ロメス、念には念を入れております」


 ……本当は。本心では、ここで王子が殺されてしまう事も選択肢として大いに有りだと思った。しかし、王子が死んだと聞かされた当代王の心中は察するにあまる。


「王子は殺させませんよ、ご安心を! 」


 そう言ったロメスは、懐から小さい玉を取り出し、颯爽と床にぶつけた。すると、バンッという弾けた音が響いて辺りは真っ白な煙に包まれた。


「え、煙幕だと!?」


 予想外の展開に兵士たちは慌てた。

 そのさ中、ロメスはベッド下に隠していた小さなリュックを王子に背負わせる。


「な、何だ……このリュックは何だ! 」

「シロ王子。10秒数えたら、リュック脇にあるコレを引っ張って下さい」


 リュックから伸びる小さな紐、それを王子に握らせた。


「何を言っている!こ、これは……これは一体何なんだ!」


 何が何やら、混乱する王子。

 するとロメスは、その様子を笑みを浮かべて眺めた後、まさかの行動に出る。

 部屋の窓をガラリと開いて、力任せに王子の体を持ち上げ、そのまま飛行船の外へと投げ捨てたのだ。


「う、うわ……、うわああああああっ!!?」


 突然の事態に、王子は空中で暴れ、水中にいるように藻掻き慌てふためいた。だが、飛行船はグングンと小さくなって、やがて、雲の中に消えて行った。


「ど、どど、どうすれば良いんだ!! 」


 とてつもない速度で落下する自分の体。全身がヒヤヒヤと涼しさを感じ、冷凍庫の中にいるような寒さが猛烈に肉体を刺激する。


「こ、このままでは……!」


 やがて見えてくる地面。このままでは、地面に叩きつけられて死んでしまう。


「……って、あっ!こ、これかっ!?」


 と、ロメスが『コレを引っ張って下さい』と言っていた、握り締めていた紐を思い出す。


「このまま死んだら、呪ってやるからなロメスッ!!」


 そう叫び、紐を思い切り引っ張った。と、それと同時に王子の体はグンッと浮かび上がり、さっきまでの落下が嘘のように遅延して、ゆらゆらと快適な空の旅のように落ち着いた。


「な、何だ……」


 上を見上げる。そこには悠々とした巨大な落下傘が広がっていて、どうやら、背負わされたリュックサックはパラシュートだったらしい。


「パ、パラシュートか。これは助かったのか……」


 何とか事なきを得ることが出来たのか。

 王子は酷い動機に見舞われながらも、命が助かった事に一先ず安心する。


「でも、これから余はどうしたら良いのだ……?」


 迫りくる大地には、広大な山々や、鬱蒼とする森、小さな町が見えたが、一体この場所がどこなのか皆目見当もつかない。


「取り敢えず町に出て、余が悠久王国の王子であることを伝えるか……」


 後は、悠久王国に連絡を取ってもらって連絡を待てばいい。

 そしたら余に反した兵士らを全員処刑し、その上で以前と変わらぬ悠々自適な生活を送るだけだ。


(ロメスめ、王城に戻ったらクビにしてやるぞ)


 元はといえば側近がきちんとしていないから、こういう事になるのだ。

 ところが、いつまで経っても誰かのせいにし続ける王子に対し、第二の天罰が訪れる。


(……むっ?)


 ふと、空の向こう側に何かが見えた。


「何だアレは……」


 目を凝らして見ると、それは白く巨大な渡り鳥の群れ。しかも、明らかにこのパラシュートを目掛けて突っ込んで来ているように思える。


「ちょっと待て、アレは……!」


 鳥たちは、自分たちが飛ぶ線上に見つけた、見慣れぬ侵入者に敵意を持った。パラシュートを目掛け、一斉に攻撃を仕掛ける。王子は「止めろ!」と叫ぶも、空中ではどうしようもなく、されるがまま、渡り鳥達の襲撃を諸に受けた。


「うっ、うわあああっ!?」


 酷く損傷を受けたパラシュートは、紐が切れ、布が破れ、制御不能に陥る。空中でクルクルと回転し、右も左も上も下も、何もかも分からない状態で揉みくちゃとなって落下を始めた。


「あああああっ!!」


 このまま死んでしまうのか。嫌だ。絶対に嫌だ。


「だ、誰かああぁあああっ!ロメス、ロメスゥゥううっ!父上ぇぇっ!母上ぇぇえっ!」


 誰に助けを求めようと、意味はない。

 ただただ、星の重力に引かれてシロ王子は落下をし続けた。

 王子は「もうダメなのか」と、いよいよ諦める。


 ……だが、不幸中の幸いか。その様子を、ある『二人』が見つけてくれていた。


「何だあれは」

「ま、また誰か落ちてきてませんか……」


 その二人組こそ、畑仕事を終え、酒場に向かおうとしていたアロイスとナナであった。


「パラシュートを付けてるようだが……アレ、落ちてるよな?」

「はい、間違いなく……」

「この辺は良く人が落ちてくる場所なのだろうか」

「そ、そんな事はないと思いますけど。それより、あのままだと不味いような……」

「うーむ……冒険者という風じゃないしな……」


 屈強そうな冒険者なら何とかなったかもしれないが、目を凝らして見えるパラシュートの主は、非常に細身で、身に纏う衣装は赤白のド派手なカラー。どう見ても冒険者らしくは無い。また、回転しながら落下する姿は徐々に速度を増しているようで、あのままでは間違いなく地面と激突してしまう。


「……本当にあのままだと不味いかもしれん。ちょっと助けてくる」

「は、はいっ」

「これ、預かっててくれ」


 畑作業のために使っていた軍手を外してナナに預けると、脚力を溜め、一点集中してダッシュする。あぜ道の土煙が舞い、ナナはゴホゴホとそれを払うが、その一瞬でアロイスは遥か遠く、小さくなっていた。


「は、早い……」


 そして、あっという間に落下地点に構えたアロイスは、空を仰ぐと、パラシュートの紐に絡まった男性がクルクル、クルクルと回転しながら此方に向かって落ちてくるのを確認した。


「いたいた。この辺か、こっちか……よく動くな」


 落下地点に歩を合わせる。確かに落下速度は相当速かったが、真下に位置を取ると、自分の腕力でどうにかなりそうな程度であって安心した。


「こーっちこっち……と」


 パラシュートの男は、ずっと叫び声を上げたまま落下する。

 アロイスは、ピッタリ位置で降ってくるのを構えたのち、彼の落下に合わせて腕に力を込めた。


 そして……。


「よっと!」


 何とか男をキャッチする。男は、

「うわあっ!?」

 と、叫び声を上げた。

 しかし、彼は自分が助かった事を自覚をしていないのか、興奮した様子で全身にパラシュートの紐を絡めながら暴れ続けた。


「お、おいおい。助けたって、落ち着け!」

「死ぬ、余は死んでしまう!!」


 まるで声が聞こえていないらしく、暴れるのも一向に止める気配がない。こうなると厄介だ。仕方ない。生きて助かった、という事を認識させるため、荒療治だがこれしかない。


「……少し痛いぞ」


 彼を抱きかかえてた腕を離す。男の体はドサリと土に落ちて、その痛みに、ようやく自分が助かったという事に気づいたようだった。


「い、いてて……。あれっ……」


 叫び続けた影響か、男はゼェゼェと息を荒げてアロイスを見つめる。


「大丈夫か。降ってくるお前を見かけて俺がキャッチしたんだ。怪我はないか」

「……あっ」


 男(シロ王子)は、ハっとして辺りを見回す。

 自分の両手両足を見て生きている事を確認する。


「た、助かったのか……。はぁぁ……」


 今までに無い安堵の溜息を吐く。

 また、王子は起き上がろうとするが、パラシュートの紐が全身に絡まっていて、上手く立つ事が出来なかった。


「何だこれは……くそっ」


 紐を外そうとしても、複雑に絡まり合って外すことが出来ない。王子は舌打ちして、目の前にいるアロイスに「おい、何とかしろ」と堂々たる姿勢で言った。


「何とかしろって、お前な……」


 何つう態度を取るんだ、この男は。少しばかり気分を害したが、このまま放っとくわけにもいかないだろうし、その紐を掴み、軽く引き千切ってやる。

 パラパラと紐が地面に落ちて自由になった王子は、背負っていたリュックサックも地面に捨て、全身の土を払いながら立ち上がると、アロイスを睨み、こう言った。


「ったく、最初から千切れるなら千切らないか。優しさの無い奴だ」


 まるで、つばを吐くように。さすがにアロイスはそれを聞いてイラっとしたが、声は荒らげず、静かな口調で、当然の台詞を返した。


「あのなぁ。助けておいてその態度はないんじゃないか」

 と……。しかし、対する王子の反応は益々に苛立つものだった。


「何を言う。余を助け、余の体に触れるというのは、身に余る光栄だぞ。むしろ余を助けられたという感謝して欲しいくらいだ」


 本当に何を言っているんだ、この男は。


「何でお前を助けて俺が感謝しないといけないんだ。お前が一体何者だというんだ……」


 そこまで大胆な態度、さぞ大物なんだろう、と尋ねる。

 すると王子は、自らが王子であるということを上から目線で伝えた。


「余は悠久王国の王子シロだ。名前くらいは聞いたことあるだろう。分かったら、その態度を示し直せ」

「……シロ王子だと?」


 シロ王子。はて、確かにその名前は聞き覚えがある気がした。と、いうよりも、悠久王国という事柄に関してだけは、現役時代に謁見したこともあった。


(……うん、待てよ。確か、その時……)


 そういえば、15年前くらいに悠久王国で謁見した際、息子の話を聞かされた気がする。


(ああ、確かに当代のジョアン王の息子はシロと言ったな。もしこの生意気な態度の男が王子だとしたら……一体どういう了見で空から落ちてくるのかね)


 本当にシロ王子だとして、遥か西の地から、どうしてこんな場所に落ちてくるというのか。


(ま、俺がいえた道理じゃないんだがな)


 自分も空から落ちてきた身だし、人のことはいえないか。思わず苦笑する。

 と、その時。

 あぜ道の向こう側から、ナナがようやく追いついて、声を上げた。


「はぁはぁ、お待たせしましたアロイスさん……」


 よっぽど急いで来てくれたらしく、腰を落として両膝に手をつき、肩で呼吸しながら言った。


「そんな走ってきてくれたのか」

「はい、心配で……」

「優しいな、有難う。さっきの空から降ってきた男なんだが、何とか無事に助けてやって……」


 アロイスは説明をしようとしたが、話をするやいなや、シロ王子はナナに詰め寄り、それはそれは恍惚な表情で全身を眺めて口を開いた。


「おぉっ、中々可愛いじゃないか。お前、ナナというのか。余の女にならないか。というか、なれ。暮らしは不自由させん。良いな、決まりだ」


 グイグイと押し迫る王子に、ナナは「えっ、えっ」と反論する暇も無い。王子は鼻の下を伸ばしながら無理強いしようとするが、アロイスはその肩を掴んで此方を振り向かせた。


「おい、勝手に話を進めるな。というか、お前が王子なんて信じちゃいないんだぞ」

「人の肩に手を乗せるな、無礼者っ!」


 王子はアロイスの手を叩き落とす。

 その態度に溜息を吐いてアロイスは言った。


「……無礼者はどっちだ。お前が本当に悠久王国の王子だと信じると思っているのか」


 空から落ちてきた男が、いきなり王子だと言って信じる奴がどこにいる。


「えっ、この方は王子様なんですか!?」


 話を聞いたナナが、驚いたように言った。

 

「ここにいたわ。だ、だけど待つんだナナ、落ち着け。俺はこいつが本当に王子なんかだと信じては……」


 いない、と。そう否定しようとした時。

 先ほどのパラシュートの残骸であるリュックサック、それにピン留めされていたエンブレムが目に入った。


(あ、あれは……)


 膝をつき、リュックを手に取って、装着されていたエンブレムを良くよく確認してみる。


(あー……)


 参った。そのエンブレムを見て確信する。王子かどうかは定かではないが、この男、本当に王室の人間だろうということを。


 頭を掻きながらアロイスは、

「……お前、シロといったか」

 と、彼の顔を見つめた。


「王子『様』とつけろ。なんだ」

「王子かどうかは信じ得ないが、どうやら君は本当に王室の人間のようだ」

「だからそう言ってるだろ。そもそも余は王子だッ!」


 そうは言っても怪しいところだ。悠久王国の王室の人間は心優しき一族であるはずだが、彼が本当に王子だとしたら、随分と傲慢な男に育ってしまったらしい。


「あの……アロイスさん。どうしてこの方が王室の方だと分かったんですか?」


 すると、急に考えを変えたアロイスを不思議に思い、ナナが尋ねた。


「ん……ああ。これだよ」


 リュックサックを持ち上げ、装着された『白き竜と剣』が造形されたエンブレムを指差した。


「それは……? 」

「悠久王国の伝承を元にしたエンブレムだ。これは、王室の証なんだ」

「伝承……それが王室の証なんですか」

「うむ。世界に幾つか残ってる五大伝承のうちの一つだな」


 かつて古代戦争時代。英雄が礎を築いたとされる悠久王国。

 白き竜の力を持つ剣士が、血に濡れた悠久王国を救ったという昔話。

 今なお伝承としても語り継がれており、それを描いたエンブレムは、王室に関わる者だけが持つのを許される王族の証でもあった。


「輝きから見る限り、特級純石の類で造られている。感じる魔力は本物だ。つまり、ここにいる男は本物の王室に関わる人間だということは分かった……が」


 それでもなお、傲慢な態度を取る彼を王室の人間とは信じ切れない。

 アロイスに対して王子は「本物の王子だ!」と憤慨する。


「あのな、空から落ちてきて男が王子だなんて、いきなり信用出来るものか」


 そう言いつつ、エンブレムだけそのままにしておくわけにはいかないと、無理やり剥がして自分のポケットに仕舞う。彼が本物の王室関係者だと分かったら改めて渡せば良い。

 ……と、王子だと信じようとしないアロイスの態度に王子は攻め込んで言った。


「貴様、どうして信用しない。余は悠久王国の王子だ。その態度、死刑にも値するぞ!」

「じゃあ何故、王子様が空から落ちてきたんだ。まさか亡命じゃないだろうな」


 パラシュートを身に纏っていたということは、少なくとも何らかの目的があって落ちてきたということだ。この町やナナを何か面倒事に巻き込むわけにはいかない。

 すると、その質問に王子はギリギリと歯ぎしりしながら、悔しそうに答えた。


「亡命だと。侮辱するのもいい加減にしろ! 余は世界一周するはずだった飛行船の中で反乱にあったんだ。仕えていた兵士が急に暴れだし、余を王国の為に殺そうとしてな……!」


 本気の口調でシロは言った。

 どうやら嘘を吐いているわけではなさそうだ。しかし、それが逆に頭痛の種となる。


(……じょ、冗談じゃないぞ)


 謀反を起こされた王子が逃げてきたというのか。

 あまり聞きたくなかった話だ。

 いや……まだだ。それが真実だと決まったわけじゃない。落ち着いて質問をしよう。


「ということは、シロ王子は飛行船から逃げて空から落ちてきたのか?」

「ロメスに窓から放り出された。余を助ける為だとか言ってな。ふざけている。あんなヤツ、王国に戻ったらクビにしてやる!」


 今度は地団駄を踏みながら叫ぶ王子。

 ロメスが誰か分からないが、彼が王子だというなら側近か誰かに違いない。飛行船という狭い場所で襲われたのなら、みすみす殺されるより、逃がすために窓から放り出すことは間違いではないではない。辻褄が合う話だ。


「ロメスめ、死刑でも生ぬるい。家族ともども、地獄を見せてくれる。父上にお願いして、一生の地獄を味あわせてやる……」


 本人は、それが最良の選択だったと認識してないようだったが。

 

「……取り敢えず事情は分かった。まず、君は王室の人間だとして扱わせてもらう」

「だから余は王子だ! 何度言えば分かる! 」

「シロ、そうそう全てを容易に信じたりは出来ないんだよ」

「な、なんだと……! 」


 呼び捨てにするな! と、また叫んでいるようだったが、構うだけ疲れると無視をして、アロイスはナナに話しかけた。

 

「ナナ。一度、彼を自宅に連れて行こう」

「自宅で休ませてあげるんですか? 」

「それもあるが、電信機で悠久王国に繋いで本人かどうか確かめる」

「なるほどですね、良いと思います」


 とはいえ、王室に直接連絡出来るとは思っていない。悠久王国の自治体か何かに連絡をして、シロ王子が本当に飛行船旅行に出ているかを確認した上で、彼が本当に王子なのかどうかを見極める。

 ただ、アロイスの心の奥底では、彼が偽者であってくれと願っていた。


(……本当は王子であって欲しくはないんだがな)


 もし彼が本当に王子だったとしたら、謀反の話もあるし、ひと悶着ありそうな一件だ。出来ることなら、偽者であって欲しいと思う。


(とにかく、まず電信機で悠久王国の出向しているはずの警衛隊に連絡しよう)


 ぶつぶつと文句を言う仮の王子を連れて、三人は一旦自宅に戻った。

 そして、電信機で交換センターにて警衛隊の出向支部に連絡をしたのだが、その回答は、まさに願いを裏切るものであった。


「はい、こちら悠久王国、警衛隊支部です!」


 通話に出た相手は、妙に慌しいような気配だった。通話の裏側では絶えずプルル、プルルと、電信機が鳴り響き、他の隊員らが対応に追われている様子だ。アロイスは、この時点で嫌な予感をしてしまった。


「あー、こちらイーストフィールズのカントリータウン、アロイスと言います」

「イーストフィールズですって……?」


 通話口の相手は、それを聞いて声色を変えた。


「はい。あの、シロ王子についてなんですが……」

「シロ王子ですか。イーストフィールズにて、何か情報をお持ちですか!?」

「あ……えっ?」


 未だ何も話をしていないのに、どうして向こう側からソレを聞いてくるのか。すると呆気に取られるアロイスの反応を受け、相手は「間違えました!」と大声で謝罪し、言い直した。


「す、すみません。ただいま少し立て込んでおりまして、余計な言葉を発してしまいました。それで、シロ王子について、何をお尋ねでしょうか」


 相手は落ち着いたように言い直すが、恐らくシロ王子の身に何かが起きたであろう事はハッキリと分かった。彼の反応で全てが真実である可能性が近づいて、アロイスは「嘘だろ」と頭を抱えながら、相手が興奮しないように少しずつ喋りかけた。


「えーとですね、王子について質問したいんですが、今、旅行か何か行ってませんか」

「……も、申し訳ありませんが、王室内の情報はお答え出来かねます」


 うむ。そこは至極真っ当な答えが返ってきた。


「では、イーストフィールズと王子は関係がありませんか」

「……お、お答え出来かねます。むしろ、どうして関係があるとお思いになりましたか」

「何となくです。しかし王子は飛行船で旅行していると聞きまして」

「どうしてそれを! ……あっ 」


 電話口の警衛隊員は、情報操作員として向いていなさそうだ。

 というか、彼の回答から察すると、やはり……。


「落ち着いて聞いて下さい。実は空からシロ王子と名乗る男がパラシュートで降下してきた為、うちで保護をしています。彼が本人かどうか分かりますか」


 それを伝えた途端、会話をしていた隊員は声にならない叫びを上げたあげ、慌てたあまりガタガタンッ!と、電信機を落下させた物音が響いた。

 アロイスが「うるさっ」と、耳から電信機を離した所で、向こう側から、

「そのお話、本当ですか!」

 と、大声で返事が返ってきた。


「本当です。なんなら、彼が本人かどうか確かめるよう電信を代わりましょうか」

「少々お待ち下さい! 王城にお繋ぎするよう連絡を致します!」


 隊員がそう言うと、ツーッ……と、電信機の接続先を変更する電子音が流れた。

待機する間、居間の椅子に座る王子に目を向けると、彼は「してやったり」という上から目線の表情で、どやどやと、アロイスを見下ろしていた。


(こんなマナーの欠片もないような王子が本当に……)


 アロイスは顔を引きつらせる。

 と、そう思ったところで電子音がプツッと切れ、今度は、電信口から渋めな低い声で「もしもし」と聴こえた。


「……もしもし、聞こえますかな」

「あ、はいはい。聞こえます」

 

 アロイスは慌てて返事する。

 電信口の相手は「良かった、聞こえましたな」と、ほっとしたように言った。


「初めまして。ただいま、警衛隊支部からシロ王子が見つかったという事で連絡を受けましてな」

「はい、確かにシロという男性を保護をしています。ところで、私はアロイスと言いますが、貴方は? 」


 王城の人間ということは隊員の連絡で知っているが、名前を聞いておきたいと質問する。

 その問いに相手は、

「おお失礼しました」

 と、咳払いして言った。


「ルイサ・デ・ジョアンと申します。シロ・デ・ジョアンの実父です」


 それを聞いたアロイスと、漏れる声を聞いていたナナは「えっ」と小さく言った。


「ジョアンさん……ですか。名前もそうですが、実父と仰いましたが、まさか悠久王国の王では…… 」

「一応、しがない王としてやらせて貰ってます。息子が見つかったと聞き、いてもたってもいられず……」

「や、やはり……」


 まさか、当代王に直接電信機を繋いだというのか。

 さっきの隊員の男、興奮してたとはいえ、とんでもない事をしてくれたものだ。

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