第9話:カントリー・タウン
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そして、酒盛りの次の日。
布団を借りて居間で宿泊したアロイスは、明朝、ナナと祖母と共に朝食を摂っていた。
「お酒をあんなに飲んだのは久々さねぇ……。私もすっかり寝坊しちまったよ」
祖母が言う。それを聞いたアロイスは、ナナの用意してくれたサンドウィッチを口に運びながら会話を返す。
「すみません、飲ませすぎちゃいましたかね」
「うんにゃ。飲みすぎたってそういう意味じゃなくてねぇ……」
何か言い掛ける祖母。
間に、ナナが入って代わりに答えた。
「お酒は美味しかったし、とっても楽しかったってことだよね、お婆ちゃん」
ナナは昨晩の事がよっぽど楽しかったのか、弾んだ声で言った。
「お、そういう意味か。俺も楽しかったけど、そんなに喜んで貰えたら何よりだよ」
アロイスが彼女の台詞を聞いてそう答えると、ナナは満面の笑みで頷いた。
「アロイスさんのおかげです。本当に楽しかったです」
「そうだな。飲み会は楽しいよな。酒に酔って旨い料理を食べて、みんなで話をしてさ」
「はい。また三人で飲みたいと思いました」
「俺もだよ。だけど飲み過ぎにゃ注意だぞ」
「気をつけます! 」
そんな会話を交わしながら、朝食を食べ終えたアロイスは一息つき、コーヒーを飲む。
さて、今日は何はこれから何をするかと考える。
(今日は早めに片付けに行った方がいいよな)
そうだ、早速廃屋の片付けにでも取り掛かるべきだ。そんな事を考える。
すると祖母が、ゆっくりとアロイスに口を開いた。
「アロイスさん、ちょっといいかい」
「ん……はい、何です? 」
「昨日の話なんだけど、息子の遺したお酒の事さね」
「あ、そうでしたね」
自分で言っていた事を危うく忘れかけていた。アロイスが伝えた『一晩考えて欲しい』という願いの事だ。
どうやらずっと祖母は考えてくれていたらしく、腹を決めて考え、言った。
「少しばかり思い出になりそうな酒を残して、全部処分して欲しいさね」
「……処分。本当にそれで良いんですか」
別に彼女の決めた事に反論する気はない。
それでも一応、念を押して尋ねておく。
祖母は静かに頷いた。
「問題ないさね。ナナもそれで良いかい」
「うん。それが一番良いと思う。アロイスさん、お手数かけますがお願い出来ますか」
どうやら二人は、本当にそれで納得したらしい。
心のそこから決断したのなら、部外者である自分が意見することもないだろう。
アロイスは「お任せ下さい」と、答えた。
「面倒かけるかもしらんが、すまないねぇ」
「いえいえ、とんでもないですよ。それでは早速」
アロイスは、コーヒーを一気に流し込み、立ち上がる。
「それじゃ、そこの電信通話機を借りてもいいですかね」
アロイスが居間に置いてある『電話機』を指して尋ねると、ナナは答えた。
「少し古いタイプの魔石動力線の電話機になりますけど、それで大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ。ちょいと借りるな」
「もちろんどうぞ」
ナナの了承を得ると、アロイスは受話器を持ち上げて、ポチポチとどこかにダイヤルを回す。
プルル、プルルと呼び出し音の後、ガチャリと向こう側で受話器の上がった音。女性の声で「はい。此方はセントラル通話交換センターです」と、返事が聞こえた。
「あー、もしもし。セントラルフィールズ一丁目の四、ヘンドラ―貿易社をお願いします」
「セントラルフィールズ一丁目の四、ヘンドラ―貿易社様ですね。少々お待ち下さい」
通話交換センターの女性は向こう側で、ぱらぱらと何かの本を捲ったような音を立ててから物の数秒後、
「ヘンドラ―貿易社様にお繋ぎします」
と、再び呼び出し音が鳴ったかと思えば、今度は男性の声で、
「此方ヘンドラ―貿易社ですー」と妙に癖のある声が聞こえた。
「おー、ヘンドラ―か。俺だ、アロイスだ」
通話機を取った相手に、アロイスは親しいようにしゃべり掛ける。通話口の相手は、はて? と疑問符を浮かべた。
「アロイス。どちらのアロイスさんですか」
「クロイツのアロイスさんだ」
「ミュールか?」
「その通りだ」
「おぉ、アロイス・ミュールか、何や何や、久々やないか! 」
相手はアロイス・ミュールであると分かった途端、声の主は随分と明るく、甲高い声を出した。
「久々な所で早速なんだが、ちょっと頼まれてくれないか」
「頼みって金儲けか」
「近い話だ。酒の鑑定をして欲しいんだ」
「酒の鑑定ね。ワイに頼むのなら、それなりなモン用意しとるんやろな」
「俺が見積もって数百万はくだらんと思う。お前ならもっと高値で捌けるだろ」
「ほう、面白そうな話やん。んで、場所はどこや」
アロイスは、少し遠いんだが、、と前置きして、イーストフィールズのカントリータウンであることを伝えた。すると、ヘンドラーは。
「はぁ!?」
益々、声を甲高く荒げて言った。
「おいおいジブン、どうしてそんな辺境におるん! 」
「おい、辺境てお前」
この男はたまに余計な事を言う。不味い。アロイスは気まずそうに、声の聞こえてるであろうナナの方を向く。
祖母は笑っていたが、ナナは少し頬を膨らませ、不機嫌そうな顔をしていた。
「い、いや。カントリータウンは良い場所だから。それよか見積もりに来いよ」
「気軽に言ってくれるな。ウチからどんくらい離れとる思っとるんや。一週間はかかるの知ってて言っとるんか」
「それに見合う価値はあるはずだ。それに久々にお前と直接会って話もしたいしな」
「直接会いたいやと。まさか愛の告白か。ワイはかまへんで」
「違うわ!」
ヘンドラ―のノリには昔から敵わない。さっさと話を終わらせなければ、向こうのペースのままズルズル行きそうだ。
「とにかく、カントリータウンに来ればいいんだよえ! 場所は、えっと……」
一旦通話機を耳から離し、ナナに訊く。
「ナナ、ここの住所は? 」
「あ、カントリータウンの十三の一です」
「ありがとう」
住所を聞いたアロイスは、再び通話機を近づけてそれを伝える。
「イーストフィールズのカントリータウン、十三の一だ」
「おい。悪いが住所言われたところでワイ自身が行くとは言わへんぞ。ワイが忙しいの知っとるやろ」
「それは知ってるさ」
確かにヘンドラ―は忙しい身だった。特に、最近では事務処理に追われ、現場に赴くのは部下に任せている事も多くなったと聞いたことがあった。
「でも俺は部下よりも俺はお前の腕を信用してるからな」
「嬉しい言葉やが、ワイはそんな遠方に行ってる暇がない。部下で我慢してくれや」
どうしても現地に赴きたくは無いらしい。
……仕方ない。
彼が騒ぎ立てそうだが、どうしてもヘンドラ―が現場に赴きたくなる話を伝えるしかない。
「うーん。なぁヘンドラ―、ちょっと良いか」
「なんや」
「俺さ、冒険者引退したから。お前が来たらその話もするつもりだったんだわ」
「……はぁっ!? 」
その瞬間、通話機の向こう側から声にならない叫びで色々と支離滅裂な言葉が飛んできた。
が、アロイスは、
「はい、どうもー」
と、一言残しガチャリと通話を切ったのだった。
「うん、話はついたぞ二人とも」
アロイスはニコやかに言ったが、ナナは目を丸くして言った。
「……えぇ、今ので大丈夫なんですか」
「昔からの付き合いだからな。必ず来るさ」
「それなら良いんですけど……」
「うん。とりあえず話ついた。そしたら、俺は町にも行かないといけないな」
「どうしてです? 」
「宿探しだ。一週間掛かるらしいから、それまで寝泊まりする場所探してくるわ」
アロイスが背伸びしながら言う。
すると、祖母が「待ちんしゃい」と、その肩を叩いた。
「一週間くらい、うちに泊まっててもいいさね」
……来た。アロイスは思った。
この二人の事だ、きっとそう言うと思っていたが、本当にこれ以上の厚意に甘えるわけにはいかない。
「いえ、一晩なら露知らず一週間も身を置くわけにはいきませんよ」
アロイスはきっぱり断る。しかし、祖母は退かなかった。
「頼んだのは私たちさ。その為に滞在してもらうのに、金を掛けて欲しくはないさね」
祖母の言い分は最もだった。
だが、あまりに長居するのもどうかと思う。男一人が一週間も住むとなれば、生活費も馬鹿にならないだろう。
「……ご迷惑の他はないでしょう」
「一日も七日も一緒さね。それに女性二人暮らし、男手が合って悪いことじゃないさね」
隣で聞いていたナナも、何気に「そうですねぇ」と頷く。
「そうは仰られますが、自分も長居するのは気が引けますので……」
「ふむ、そうかい……」
祖母は腕を組んで暫くの沈黙。その後、思い出したように言った。
「なら、明日から畑の手伝いをしてくれないかい」
「……畑ですか?」
「苗植えは終わっても手入れはある。今日は仕事がないがね、明日もいるなら話は別さね」
「そりゃお手伝い出来る事なら何でも致しますが……」
「田舎暮らしをしたいなら、学ぶべきこと、私らが教えられる事があるさね」
「へっ……」
どうやら、昨日の浴室で交わしたナナとの会話は、祖母に聞かれていたらしい。
「午前中は畑仕事。午後は廃屋片付け。代わりに我が家で飯と宿泊。どうだい、悪い話じゃないと思うよ」
確かに悪い話じゃない。と、いうよりも、断る理由を完全に遮ってきたようなものだった。
「それは確かに悪い話じゃありませんが……。だけど待って下さい。えっと、ナナは俺が滞在しても平気なのかな」
「えっ、私ですか?」
一応、ナナにも聞いてみねばならない。
さっき滞在について頷いていたが、やはり年頃の女性だし、血の繋がりもない男女で一つ屋根の下、一緒に生活するのは本当に納得出来ないと精神的に辛いものがあるだろうし。
「無理をしないで、少しでも不安だったり嫌だったら必ず言ってくれ」
「私は平気です。出会った時から優しい方だと思っていましたし、その通りでしたから」
「……そうですか」
彼女は本心から言ったようだった。
「じゃあ断る理由も無くなっちまったわけだ。厄介になる他はないみたいだなぁ」
頭を掻きながら笑うアロイス。それにナナは、
「厄介なんて思いませんよ。自分の家だと思って、くつろいで下さい!」
と、力を込めて言った。
「ハハ、そうかい。じゃあ、昨日のご飯みたく遠慮無しにのんびりさせて貰うよ」
ナナの台詞にアロイスは笑いながら答えると、続けて、祖母に今日は仕事がないか尋ねた。
「んでは、宿の問題は解決したわけだし、今日の仕事から始めようかな。お婆さん、今日は畑仕事代わりに午前中に何かすることはありますか」
体を動かそうと、せいせいと運動しながら、張り切って言うアロイス。
だが祖母は、「今日はない!」と一蹴した。
「あ、あらっ……?」
「今日は、特に仕事はないさね!」
「いきなり休みですか…ハハ……」
出鼻をくじかれたアロイス。なら、今日の午前中はどうするかと、頭を悩ませた。
「午前中から廃屋片付けにでも向かうかなあ」
アロイス小さく呟く。と、それを見ていたナナが「そうだ!」、手を叩いて提案した。
「アロイスさん、午前中は町に出てみませんか」
「町って、商店街か」
「そうです。まだ、この町に来て商店街に足を運んでませんでしたよね」
「そういえばそうだな」
この町に落ちてきてから、移動範囲は畑とナナの自宅、前家くらいだった。一週間も滞在するのなら、町のことを知っておいて損はないか。
(あぁ、そうだ。町に出るなら、それのついでに……)
町に出るなら、欲しい物があった事を思い出す。
「ナナ、この町にノコギリとか大工道具を売ってる所はあるかな」
「大工道具ですか?」
「うむ。廃屋の片付けで弱ってる柱とか切っちゃおうかなと思ってたんだ」
どうせなら前家を片付ける手前、綺麗にしたいと思っていた。
弱っている柱なんかを切り崩したほうが作業的にも楽になるし、地下室周りを補修しながら片付けを進めるのも悪くないだろうし。
「んー…。大工道具ですか……」
しかしナナは、ちょっと困ったようにした。
「あら、売ってる場所がないのかい」
「……そういうわけではないんですが」
「何か問題があるのかな」
「問題……。そうですね。問題は大いにあります」
ナナは言い辛そうに説明した。
「大工道具というか、工具が売ってるお店はあるんです。この辺のお家や建物を造ってくれる工務店さんで、腕も良いし、地元の皆には気前も良いと評判ではあるんですが、その……」
ナナは、町に居る限り『彼ら』とはいずれ対面してしまうだろうと考え、言い難かったがそれを伝えた。
「『ゴブリン族』さんの工務店なんです」
その言葉を聞いただけでアロイスは「あぁ……」と、理解した。
「つまり頑固気質の地元愛が強いお方が経営してるってこと、かな」
アロイスの言葉にナナは静かに頷いた。
「なるほど。確かにそりゃ問題になりそうだ。ゴブリン工務店か……」
参ったな。と、アロイスは後頭部を掻く。
(分かってる。ゴブリン族は悪い奴らじゃないんだが)
ゴブリン族とは、人間とさほど見た目が変わらない人型の魔族である。
人と比べると身長は若干低めではあるが、薄緑色や青み掛かった皮膚の下の筋骨逞しい肉体は、古来より戦闘種族だった証として平和時代の今なお垣間見える。とはいえ、人と魔族が共存の道を選んで数百余年を経て、今や生活の為に互いに手を取り合う存在だった。
(うん。凄く良い種族なんだ。だけど彼らは『仲間意識が強い』という事が問題でもあるわけで)
そう、今アロイスが考えた通り、ゴブリン族は古来より仲間意識が強く有った。一見すれば素晴らしい重愛かもしれないが、実際のところ困った事態も少なくないのだ。
「工務店のゴブリン族は、他所者に対して芳しく無い態度を取るって事だな」
その言葉にナナは「はい」と、返事した。
「その通りです。若いゴブリンさん達はそうでもないんですが、親方さんが……」
「やっぱり年老いた方か。まぁ、そういうこったろうと思ったけども」
仲間意識が強く有れば、住み慣れた土地に愛を持っており、仲間を囲うあまり、他所者に厳しくもなるということだ。最近は意識も変わってきたらしく若い世代のゴブリン族は頑固気質も少なくなったらしいが、ナナの言った通り年齢を重ねたゴブリン族は易々と他所者に優しくしたりはしなかった。
「でも、その店くらいしか大工道具は置いてないんだろ? 」
「そうなんです」
「参ったな。わざわざ他の町まで行くのも面倒だし、取り敢えず行く他は無いってことか」
ここに滞在する以上は避けて通れない壁のようだ。
住民と険悪なムードでいるのは心地悪いし、何とかなるならしておきたい。
「それでは朝飯も食ったし、とっとと町に出てみるかなぁ」
「ですね。私がご案内しますね」
「2日続けて足労掛けてすまないけど、頼むよ」
「はいっ」
二人は祖母に一言告げると、強張りながらも商店街に向かったのだった。
………
…
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