第4話:はじまり
「あ~、満足だ! 」
旨い料理に心身満たされた。
だが、チラリと目を向けたテーブルには、まるでビュッフェを食べたかのような山積みされたお皿たち。
(ちょ、ちょっと食べ過ぎたか)
いくらナナが優しいとはいえ好意に甘え過ぎた。
手間を掛けさせただけでなく、材料費だって馬鹿にならない。
御礼に『お金』を渡すべきか?
いや、それも失礼な話だ。
だけど他人の家で料理を食べるだけ食べて"はいさようなら"なんて有り得ない。
(礼はしないといかん。俺に出来る事で金以外の何かを……)
良いお返しが出来ないか考える。
ううむ。
自分は元冒険者だ。
やはり、得意分野は『力仕事』か。
そうだな、それがいい。
手をポンと叩いて「お二人とも」と声掛けする。
「はい、何でしょう? 」
「はいはい、何さね」
二人はアロイスの話に耳を傾ける。
「いやー料理はホントに美味しかった。すっかり世話になったしお礼をしたいと思いまして」
「えっ、いえいえそんな! 」
その話をしようとした途端、ナナは首を横に振る。
すかさず「そうはいかないさ」と重ねた。
「キミには色々と迷惑も掛けておいて、旨いご飯も食べさせて貰うなんてね。是非お返しがしたいんだ。何か俺に手伝える事はないかな。例えば力仕事とかあれば遠慮なく言って欲しい」
「そこまで仰られるなら……。でも、力仕事ですか。本当は畑仕事なら苗植えやらお願い出来そうな事はあるんですけど……」
ナナは困ったように祖母の方を向くが、祖母は柔らかい表情で首を横に振る。
「気持ちは有難いけど、今日の畑仕事は終わりさね」
「……だ、そうです」
間接的にアロイスに伝えた。
そうは言われても、恩返ししなければ気は済まず、考えられる事を提案してみる。
「じゃあ畑の仕事で使う用具の手入れとかは」
「今年は手入れしたばかりで……」
これも駄目か。
いや、諦めてはいけない。
何でもいいんだ、少しでも手伝えることはないのか。
「お家で直してほしい箇所があるとか。大工仕事も出来るぞ! 」
「……それも思いつきませんね。本当にお気持ちだけでも結構ですよ」
全ての提案が却下されてしまう。
完全に打ちのめされ、自分の髪の毛をかき上げながら天井を見上げた。
(参った。貰うばっかり貰って何も返せないってのは……)
悔しさにため息が出る。
すると、それを見ていた祖母が「それなら」と口を開いた。
「そんなお返ししたいなら面倒かけるけど、仕事が無いわけじゃ無いんがねえ……」
「何ですか。自分で良ければ何でもしますよ! 」
悲しげに天井見上げていた顔を一転、明るさに満ちて言う。
「こっから離れた場所に母屋があるんだけどもね、廃屋になってて邪魔なんさ。ゴミ拾いだとか、掃除だとか、簡単な片付けってのなら、仕事らしい仕事はあるんだけどもねえ……」
ほう、力仕事なら願ってもない話じゃないか。
構いませんよ、と即座に答え、早速椅子から立ち上がって準備運動なんてのも始める。
しかし、唐突にナナが「それは駄目だよ」と話を折ってきた。
「前のお家の掃除って山奥のあそこでしょ。行くまでも大変だし、お家も崩れてる部分だってあるから危ないよ。そんなこと頼めないよ」
どうやら前家は大変な状況らしい。
ナナの話に祖母も首を傾げて考えを崩す。
「そうかねえ。やっぱり面倒かけちまうもんねぇ」
「うん。そんな気軽に頼める場所じゃないよ」
不味い雰囲気だ。暗雲が立ち込める。
アロイスは慌てて「大丈夫だ」と言った。
「体力仕事は全然構わんよ。むしろ仕事が出来て嬉しいくらいだぞ」
「でも、本当に大変だと思いますし」
「気にせずにどんな仕事でもやらせてくれると嬉しいかな」
「……そこまで言われるなら」
必死にの訴えで、彼女はようやく納得してくれたらしい。
「では、早速向かおうとしようか。場所はどのあたりにあるのかね」
それを訊くとナナはエプロンを脱いで「私が案内しますよ」と答えた。
「俺だけで充分だぞ。軽く片付ける程度だろうし、道を教えてくれればそれで良いんだが」
「久々に私も行ってみたいので着いていきますよ」
「それなら頼もうかな」
「もちろんです。汚れそうだし、ツナギに着替え直してきますね」
エプロンは居間の椅子に折り畳んで、着替えのために隣の部屋に消える。
彼女に言われて思い出したが、掃除するならこの白シャツも着替える必要があるのではないか。
「お婆さん、掃除したらこのシャツを汚してしまいそうなんですが」
「全然構わんさね。それよか汚れてもいいように息子のツナギを準備しようかね」
「あ、いえいえ。汚していいなら、動きやすいこの格好のままで」
これ以上の面倒や迷惑は掛けられないだろうし。
すると、そこに桃色ツナギ姿になったナナが戻ってきた。
「お待たせしました。畑仕事で汚れちゃったツナギですけど、洗う前で良かったです」
「おお、準備が早いな。では道案内を頼んでもいいかね」
「任せて下さいっ。それじゃあお婆ちゃん、行ってくるね」
祖母は「あいあい」と小さく手のひらを振って答えた。
そして二人は前家の母屋へと出発する。
しかし、このアロイスの『お礼』こそが、まさかの事態を生んでしまう事を、まだ誰も知らない……。
………
…
【 閑 話 】
「ところでアロイスさん。大きな剣を持っていましたけど、あれはどちらに? 」
「お婆さんの厚意で庭先の壁に掛けさせて貰っているよ」
「そうだったんですね」
「うむ。あとで忘れないようにしなくてはな」
だが、大剣の話を持ち出されて一つばかり不安事が。
(やべェ。あっちも竜の血塗れで今頃は壁を汚してるかも。後でお婆さんに謝って、きちんと洗お……)
………
…
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