第5話:小さなダンジョン


=・=・=・=・=


 アロイスとナナが自宅を出て三十分後。

 ナナの案内のもと、二人は町外れの森の中を歩く。


(結構、森の中に入って行くんだな。思ったよりも遠かったか)


 確かにナナは"大変だ"と言っていたが、よくまあ利便性悪そうな場所に前家があるものだ。


 決して鬱蒼とした深い森ではなく、一本道で迷いはしないだろう。


 だが、林道らしく木々が生い茂り日の当たりは悪い。


 加えて歩道も整備されておらず、崩れ掛けた砂利道であった。


「アロイスさん、案内が必要と言った意味は分かって頂けたと思います」

「そうだな。俺一人じゃ家がある場所だと思わずに戻っていたかもしれん」

「祖母のお願いのせいで、大変なことに付き合わせてしまって申し訳ありません……」


 ナナはため息がてら言う。


「気にしないでくれ。それよりキミにも付き合わせてしまってすまない」

「いえいえ、これくらい。でも、きっと掃除は大変ですよ」

「あんな美味しい料理を沢山食べてしまったなら相応にお返しするってのが義理ってもんだ」


 アロイスは右拳を握り締め、開いた左手に体の真ん中でぶつけ合ってパン!と鳴らした。


「ふふ、やる気満々ですね。でも放置されてるのでボロボロですし、本当に大変ですよ」

「構わんさ。掃除ってのは散らばった木材なんかを纏めて運ぶ感じでいいんだろう? 」

「はい。裏に倉庫がありますから、仕舞ってある軍手とか自由に使ってください」

「分かった。早めに片付けられるように努力するぞ」

「あはは、そんなに急がなくても良いですよ。怪我したら元も子もないですから」


 二人は会話を重ねながら、林道を進む。

 そのうち、ナナはアロイスの顔を見ながら、ある事を尋ねた。 


「ところで、アロイスさんはお若そうですけど、お幾つなんですか? 」

「ん。俺は今年で二十六だよ。キミは幾つなんだい」

「そうなんですね。私は今年で二十です」

「……俺も歳取ったなって感じさせられる年齢差だな」

「そ、そんな。アロイスさんは十分にお若いですよ! 」


 逆に悲しくなる世辞、痛み入る……。

 アロイスが薄っすら苦笑いを浮かべた。

 するとそのタイミングで、砂利だった荒れ道が石畳へと変化する。


「あっ、そろそろですよ。あそこにお家があります」


 ナナは正面を指差した。

 向こう側には明るく光差す森の出口が見えていた。

 そして、程なく二人は森を抜けるが、その先には思いがけない絶景が拡がっていた。


「これは綺麗な場所だ」


 アロイスは目を輝かせて言った。


 石畳の続く先に建つ一軒の廃屋。


 それを緑の丘がグルリと囲み、それら丘のてっぺんには風に笑う大きな木々が見下ろす。


 丁度、太陽の光は木々の隙間を縫って廃屋をスポットライトのように照らすことで美しく映えていた。


 神々しさすら、感じてしまうほど。


「あの前家に住んでたのは、婆ちゃんとかなのかな」

「あ、はい。それと……私のお父さん……とか。お爺ちゃんも住んでました」

「そうなのか。大事に住んでいたんだろうな。美しさがある」


 朽ちていても、力強く生きた鼓動を感じ得る。

 普通、廃墟を散々見てきた冒険者のアロイスにとっても見惚れることも久しぶりだった。

 とことん賞美するアロイスだが、ナナは首を傾げた。


「うーん、神秘的とかそういう事でしょうか? 」

「ちょっと違うな。いや、神秘的っていえば確かにそうなんだけども」


 笑みを浮かべるアロイスは、顎の下を指で擦りながら感傷に浸り言う。


「これは古代遺跡のダンジョン全般もそうなんだが、廃墟は利用してきた人や魔族を写す鏡みたいなモノなんだ。例えば、悪い事に使われてきた遺跡は悪意の雰囲気に満ちているし、善の遺跡は神々しく光る。俺は相応に場数を踏んできて、黒いダンジョンも白いダンジョンも沢山見てきたが、この家は白く美しい。きっとキミの家族は幸せに過ごしてきたんだろうな」


 世辞などではない本心から出た言葉。

 ナナは右手で口元を押さえて薄っすら微笑んだ。


「そ、そんなこと言われると思いませんでした。嬉しい……」

「本当の事さ。だけど見惚れている暇はなし、さっさと片づけをせんとなぁ」


 早速、アロイスは準備体操を始める。

 隣でナナは「待っててください」と家屋裏に走り、軍手を手にして戻ってきた。


「お、ありがとう。そういえば倉庫があるって言ってたっけ」

「あっちも崩れちゃってるんですけどね。軍手も少し古くて汚いかもですが、いいですか? 」

「もちろん構わないさ」


 受け取った軍手を両手に嵌めて、準備は整った。


「俺は辺りに散らばってるゴミとか、建物の中に入って不要と思ったモノを外に並べていくな」

「はい。じゃあ私は周りで草刈りしてますね。古い建物なので気を付けてください」


 ナナは廃屋の外で腰を落とし、草むしりを始める。

 アロイスは彼女の姿を横目で見ながら、いよいよ家屋の玄関前に足を運び、ガラス付の戸をガチャガチャと開いた。


(……あらら、やっぱり玄関付近は雨風にやられてボロボロだ。中も酷い有様だな)


 かろうじて全景は保っているが、屋根の一部も崩れているし、木板の床の一部は反って捲りあがっている。

 あちこちに緑が侵食し、室内の壁には花まで咲いていた。


(注意しないと床や壁を崩してしまいそうだ。しかし、この家の造り……今のナナとお婆さんが住む家と一緒じゃないか? )


 玄関から直ぐ左手には居間らしき部屋が見える。

 床を踏み抜かないよう慎重に居間に向かってみると、割れていたが今の自宅と変わらない大きな窓と庭を望む縁側があった。

 そこから草むしりをするナナが見えて、軽く手を振ってみる。


「ナナ、やっほ~」

「あ、どうもです~」


 最早、サッシしか残っていない窓のおかげで声はよく通り、アロイスの呼び声にナナは笑顔で反応してくれた。


(……て、遊んでる場合じゃねえな)


 取り敢えず、汚れの酷そうな場所から掃除をしよう。

 居間はガラスこそ割れているが他の場所と比較してまだ綺麗なほうだ。

 なら劣化がひどい廊下や玄関から片付けるべきか。


(いや、廃屋で最も酷い汚れがあるのは決まってる。水回りだ。家の造りが今のナナの自宅と一緒なら、そこを抜けた先に……)


 居間に隣接する部屋に赴くと、そこは予想通り"台所"であった。

 そして、入室する前から凡そ検討はついていたが、やはりとてつもない惨状でもあった。


「あらら、やっぱりか」


 小さい台所に置かれた棚には、咽るような量の埃被った食器が並ぶ。

 割れたガラスから吹き込む風に倒された当時の調味料の瓶。

 それらに加えて水道付近は水に濡れて、あちこちカビが生えている。

 大体想像通りだが、想像と違う形であって欲しかったものだ。


「まあ、台所はこうなるわな。拾えそうなモンから片付けちまうか」


 とりあえず目立つゴミ類から拾おうと腰を下ろす。

 

 だが、その時。


 それは、冒険者として経験を重ねてきたアロイスだからこそ気づいた出来事であった。


「おや……? 」


 床を形成する木造フローリングのうち、隙間に沿わない切れ目があった。


 自分の位置から木板が敷かれた隙間は全て同じ方向には直進して貼られているが、一部だけ真横からの切れ目がある。

 

 なんだこれは。


 怪しい切れ目に触れてみる。


 ギシッ……。


 少しばかりの力なのに床の板は深く沈む。


 腐っているのも理由だろうが、これほど深く沈むのは床の下に"空間"があるという事だ。


「あ~、アレか? 」


 その僅かな出っ張りに指先を引っ掛け、真上に持ち上げる。

 すると、床板がメキメキッ!と音を立てて剥がれ、床の一角に正方形状の穴が現れた。


「やっぱり床下収納かい。見落とすところだったな」


 台所に造られた小スペースを利用した簡易保管庫である。

 うっかり踏み抜いてもしたら危ないところだった。


 だが、しかし―――。


 捲り、晒した床下収納を見たアロイスは「は? 」と眉間にしわを寄せる。

 何やらこの家屋に造られたそれは、一般的なものとは大きく異なっていたからだ。


「おいおい、何だよこりゃ。ナナに話を聞く必要がありそうだ」

 

 目の前に疑問を解決すべく、外に居るナナに「おーい」と呼びかける。

 そそくさと現れた彼女に対して、早速"それ"を指差して尋ねてみた。


「ちょっと聞きたいんだが、この床下収納は今の家にもあるものなのかい? 」

「え、収納は普通にありますけど……って、ええっ!?」


 それを覗いたナナは驚愕の表情で叫ぶ。


「何ですかこれ!? 」

「今の家にはないのかい」

「こんなのありませんよ! 」

「ならこれは前家にしかないってことになるわけだ」

「し、知らないですよこんな"深い穴"……」


 そう……。

 二人の前に姿を現した異質の正体は、あまりにも深すぎる床下収納。

 言い換えれば『 地下室 』への入り口だったのだ。

 

「底がほとんど見えないし、かなり深いぞ」


 穴の前で屈んで奥を覗いてみる。

 当然、明かりは無いし闇が広がるばかり。

 しかし、やや深い位置の壁際に、鉄梯子が打ち付けられているのだけは薄っすらと見えた。


「足場があるぞ。ちょっと降りてみるか」

「……え、ちょ、アロイスさん!? 」


 ナナが驚いている間も無くアロイスは下半身を穴に落とす。

 床部分に両手を置いて支えにし、着地した梯子に少しずつ体重を乗せ、強度を確かめた。


「そんなところに入ったら危ないですよ! 」


 ナナの心配は尤もだが、アロイスの探求心には既に火が着いて、止まる事は出来なかった。


「今の家に無い地下室なら何か出て来るかもしれんし、ちょっくら見て来るよ」

「普通は準備とかして入るものですよ、危ないですよ!」

「このくらいなら平気平気。空から落いても無事だったのは知っているだろっ」

「……そ、それもそうですけどお」

「何かあったら直ぐに声を掛けるから」


 そう言って、アロイスは体を捻り、穴の奥に完全に身を落とす。

 暗闇に掛けられた梯子を足先で探りながら、一歩、また一歩と、穴の底へと向かい潜って行った。


(暗闇で足下が見えんが、降りるのに支障は無いな。しかし、穴の出入口付近は家と同じ木造の壁だったのに、途中から造りが変わっている……)


 壁に触れると、指先に感じる硬いザラつき。

 恐らくこれは焼いた粘土質の壁、つまり"レンガ造り"に置き換わっていた。

 

(しかも、このレンガはヒヤリと冷たい。なのに水気も無いし、この辺りは湿気もほとんど無い。レンガ裏の際に吸水用のワラでも敷き詰めてあるんだろう)


 それだけで凝った地下室なのだと分かる。

 一体、この先に何があるのか。

 そうこう考えているうち、左足のつま先が平坦な地面を捉えた。


「……っと、着いたか。水は溜まっていないようだな」


 放置された地下室は浸水している事も少なくないが、湿気感から考えていた通り今回は問題無いようだ。

 また、着地の"ジャリッ"という足音は床も壁と同様のレンガ造りだと分かる。


「しっかし暗くて何も見えん」


 入ってきた場所を見上げると、入ってきた穴の形状と同じ正方形の光が遠くに輝く。

 大体二十メートル……いや三十メートルくらいか。

 そこから心配そうに此方を見つめるナナの姿が小さく見えた。


「ナナ~ッ、俺が見えるかあ~っ! 」

「こっちからは暗くて全然見えないですぅーっ!」


 彼女を呼ぶと、返事したナナの声然り、室内にキンキンと響いたことで、ある事に気が付いた。

  

(妙に声が反射する。地下室がそれなりに広いってことか。何に使う部屋なんだ。水気を残さない造りなら、地下水の汲み上げや下水に使われているわけでも無さそうだが)


 兎にも角にも明かりが欲しい。

 簡単な火魔法でも具現化して光源にしてみるか。

 魔法を使おうと構えるが、その時、梯子側に上下稼働式のレバーを発見する。


(なんだこの引いて下さいと言わんばかりのレバーは)


 普通は十分に注意して行動に移すべきだ。

 ところがアロイスは怖いもの知らずというか、何も考えていないというか、有無も言わずにレバーを引き落とす。


 ……と、同時に。


 ガンッ!


 ガンガンガンガンッッ!


 レンガの裏側から響く何かの作動音。


 なんだなんだ、何が起きるんだ。


 アロイスが辺りを見回すうち、地下室がパッと明るくなる。

 

「おお、なるほどな。レバーは光源確保用の仕掛けだったか」


 どうやら地下室の天井に設置された魔石造りのライトが周囲を明るく照らしたらしい。

 錬金術を用いた珍しい仕掛けではないのだが、気になる点が一つ。


「純度の高い魔石を使っているのか。かなりお金ゴールドが掛けてんなあ」


 魔石には魔石同士を衝突させると発光する性質がある。

 それを利用した『明かり』は夜間に家屋や町を照らす生活必需品に等しい。


 一般家庭では低純度の魔石で年単位の消費をしているが、高純度の魔石の場合は施工や仕組みが複雑になる分、低純度品と比較して長期間変わらない光を維持することが出来た。


 高純度品は、設置すると低純度よりも十倍以上の費用を要し、普通は商業施設などに用いられるわけで。


 ……さて。


 吸水性の壁、高品質の明かり、いよいよ民家に在る地下設備としては大袈裟になってきたと感じた。


 俄然興味と興奮を募らせるアロイスだったが、その答えは目の前に転がっていた。


「あん? 」


 天井の明かりを見上げた目線を落とした際、瞬時に納得した。


「そういうことね。この地下室は"酒"のため造っていたのかい」


 目の前には、地下室を覆うくらいの陳列棚が設置され、そこに大量の酒瓶が並んでいた。

 中には棚に並べることが出来ず床に転がされた巨大な酒樽まで置いてある。 


「酒の保管庫にしていたのか。ははあ、よっぽどな酒好きだったらしいな」


 設備や置かれた酒の量もさながら、驚いたのは酒の種類や質である。


「世界各地の安い品からヴィンテージ品までほとんど揃ってやがる。十年以上前の終売品まで……」


 それは知る人ぞ知る宝の山。

 見ているだけで酒の海に溺れてしまいそうな気さえする。


 だが、疑問が残る。


 何故これをナナが知らなかったのか。


(あのお婆さんも、こんな大量の酒があると知ってたら廃屋なんかに残しとくワケないだろうし)


 この保管庫は、家族が知らないまま造られていた事になるが。


 どういう事だと酒瓶を眺めていると、背後から「あいたぁ! 」と黄色い声が響いた。


 うん、なんだ?


 振り返ると、そこにはお尻を押さえた涙目のナナの姿があった。


 どうやら梯子を降りてきてしまったらしい。


「……だ、大丈夫か。あの高さから降りてきたのか」

「明るくなって足場がちゃんと見えたので。着地に失敗してお尻打っちゃいました……」


 お尻を押さえたまま、アロイスの傍に近寄る。


「おいおい、怪我はないか。無茶しちゃダメじゃないか」

「ご、ごめんなさい。上から見えて気になって。これって……お酒ですか? 」

「そうらしい。俺もこんなに大量のお酒を見るのは初めてだ」

「お酒の倉庫なんでしょうか」

「恐らく。しかし、キミもこの場所を知らなかったってコトだな」

「全然聞いたことないです。お婆ちゃんも知らないと思います」


 やっぱり何も知らないか。 

 アロイスは、謎が深まるばかりだなとため息がてら言う。

 しかし、そこでナナは「そういえば」と、続けた。


「よくお父さんがお酒を飲んでいました。これは珍しいお酒なんだぞ~って私に自慢して……」




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