まだある もうない

城弾

まだある もうない

 六月。都内のとある高校の二年A組で授業が終わると、次の体育の授業に備え着替えるためにいっせいに女子生徒が隣のクラスへと移動する、


 入れ替わりに隣のクラスから男子たちが着替えのためにやってくる。

 その中に一人だけなぜかセーラー服姿の「少女」がいる、

 身長は154センチ。ふっくらとした丸顔。

 Fカップの胸元が女子であることを強調している。

 おろせば腰に達する栗色の髪を、左右にくくっているのが幼顔に相まって可愛らしい。

「あれ? のぞむ。まだ行かないの?」

『彼女』は一人の「男子」に可愛らしい声で尋ねる。


「う、うん。ひかるくん。いくけど」

 のぞむと呼ばれた「少年」はのそのそと立ち上がり、ひかるのきた教室へと移動する。


天田あまだ蒲生がもう。何度見ても逆だよな」

 男子の人が揶揄するように言う。

「しかたねーだろ」

 その場で唯一のセーラー服姿の天田ひかるが甲高い声で言うなり、スカートの前方をたくし上げる。

「こうして

 トランクスの前方を押し上げるのが男性のシンボルなのは間違いない。

「わ、分かったからしまえ」

 見たくもないものを見せれた男子たちは渋面になる。

「ふん」

 スカートを正常な位置にもどすひかる。そのまま黙々と着替え始める。

 スカートを履いたままライムグリーンのハーフパンツに足を通す。

 その後でスカートのジッパーを下げ、ホックをはずしてスカートを脱ぐ。

 セーラー服トップスの横にあるジッパーを開き、そのまま両手で脱ぎ捨てるとキャミソール越しにブラジャーに包まれた大きな胸。

 体育ということであらかじめスポーツブラで、揺れないのでがっかりする男子たち。

 そこでひかるはギロリとにらむ。

「てめーら。『男』の着替えがそんなに珍しいか?}

 低くドスを利かせているが可愛らしい声である。

「い、いや。そんなわけじゃ」

 しどろもどろになる男子。

 なにしろ股間さえ見えなければ美少女。それが半裸である。

 思春期には刺激が強すぎた。

 そのうえあってはならないものがついている。

 それがなおさら禁断の存在に思わせ魅惑する。

 当のひかる本人は無視して体操着の上を着ていたところだ。


 ひかるが出ていくと安どして口を開く男子たち。

 まだ残る甘い香りの主を口々に評価する。

「ほんと。見た目は美少女なのに」

「声だって可愛いし。アイドル活動してる金髪ツインテの子みたい」

「まさに天使だな。まぁ駄目天使。いわば『駄天使』ってところ」

「あの愛想の無さはオタな子だが」

「甘い良いにおいもするけど」

さえついてなければなぁ。美少女にしか見えないのに」

 男子のシンボルのみ残っている。

 それゆえ女子になりきれない。

「なんだ一哉かずや。もしかしてアイツのこと好きなの?」

「お前ホモだったのか?」

 男子生徒が一哉と呼ばれた少年を揶揄する。

「違うわっ」

「でもあいつ、まだあるぜ」

「だからあれさえなければ……」

 そこまで喋っていて予鈴がなったのであわてて着替えを終わらせ男子たち。

 話もうやむやになった。


 一方、2年B組の女子たちの中におずおずとはいっていくのぞむ。

 身長171センチ。

 黒髪のベリーショート。

 低いハスキーボイス。

 どうみても男子ののぞむがこちらに来たので、一部の女子は胸元を隠したり背中を向ける。

 しかし半裸のまま堂々としている女子も半数近く。

「あんたら。いい加減になれなよ。蒲生がかわいそうじゃない」

 長身でポニーテールといういかにも快活な印象を与える少女が叫ぶ。

 大人びた顔をして胸も立派な女子だ。

「だって小百合。蒲生君。男子にしか見えないし」

 そう。「見えない」と口にした通り。

「もう。何度も言ってるでしょ」

 その女子、海城小百合が早業でのぞむのズボンのベルトをはずし、ずり下げた。

「わわっ」

 あわてて隠そうとするのぞむだが、しっかりピンクと黒のボーダー柄のショーツは見られた。

 そしてその前方に男子特有のふくらみがないことも、臀部が大きく曲線を描いているのも見えた。

 まごうことなき女性の下半身だった。



 天田輝と蒲生望は母親同士が姉妹の親戚関係。

 ともに出生時は男子だった。

 そのまま普通に男子として成長していた。


 小柄ながらも活発な輝と、長身だがおとなしい性格の望は正反対だからか仲良しだった。

 互いに悩みを相談もしていた。

 輝は伸びない身長と声変わりがないこと。

 望は自分の内向的。どちらかというと女性的な性格を悩んでいた。


 高校一年の二学期に入ってすぐに異変が始まった。

 二人そろって倒れて救急搬送された。


 精密検査の結果とんでもない事実が判明。

 両者ともに子宮と卵巣が確認された。

 腰骨も女性のそれに近い。

 ほかにも女性としての特徴が出始めている。


「仮性半陰陽」ではない。

 紛れもない少年が性転換し始めていた。

 その証拠に輝にはまだ精巣がある。

 望にも精巣は残っていたがすでに活動を停止していた。

 男子のシンボルも心なし小さい。


 ここで二人のそれぞれの母親が告白する。

 実は彼女たちは元々は男子だったが二十歳のころに性転換したと。

 祖母も同じくらいになったと聞いているので遺伝と考えた。

 二十歳ごろというならば、そして確実に起きるとも限らないから高校卒業後に遺伝を伝えるつもりだった。

 ところが伝える前に早くも始まってしまった。


 動揺する二人にお構いなしで変化は続く。

 しかし一族なのに極端な個人差があった。


 望…のぞむは一か月もしないで男性のシンボルが消失。

 それゆえに学校側でものぞむを女子扱いに変更した。

 反発する女子たち。それはのぞむの見た目による。

 ブラジャーのカップサイズで言うならAAカップのまったいらな胸。

 そして170センチの身長。

 よく見ると肌も女性的な細かさだが、浅黒いのもあり遠目には男子に見える。

 服を脱いでヒップラインでやっと身体は女子とわかる程度だ。


 見た目はともかく身体機能は女子。

 男子たちに混ぜていたら間違いが起きかねないと言われて、女子たちも渋々受け入れた。

 いち早く事情を理解した女子のリーダー格の海城小百合が長女気質で、のぞむの味方にってくれたのも大きい。


 対して輝…ひかるは外見が大きく女性的に変化した。

 身長は160になっていたのに縮んでしまい154に。

 胸は大きく膨らんでFカップ。

 肌は甘い香りを放ち、触れると吸い付くような柔らかさだった。


 顔も体形も声もどうみても女子なのにスカートの下にある「男子のシンボル」が健在。

 ちなみに見た目とのギャップもあるが大抵の男子が「負けた」とうなだれるサイズ。


 それもあり身体的にはまだ男子とみなされ男子扱い。

 それこそ女子に混ぜるには危険ということである。


 落ち着かないのは他の男子生徒。

 見た目男子ののぞむといる女生徒たちや、見た目は美少女のひかると一緒の男子たちはわかっていても意識してしまう。


 体育の授業。女子サイド。

 二人一組で柔軟体操をやっている。

 男子に見えるのぞむは大半の女子が嫌がるので、小百合がペアを買って出た。

「まったく。何度言ってもわかろうとしないな」

 憤慨する小百合。

「仕方ないよ。こんな見た目だし」

 あきらめ気味ののぞむ。

「学生服だと確かにそうだけど、こうして体操着だと割と女の子に見えるよ。どこがどうとはうまく言えないけど」

 小百合の言うのは体のラインである。

 男性的ながっしりしたものではなく、女性的な華奢なものだがまだ未成年男子ばかりでそこまで大人の体形ではなく。成人ほどのギャップがないためうまく表現できなかった。


 一方の男子サイド。

 ひときわ異彩を放つひかるである。

 ボトムはハーフパンツで男女同一だがヒップラインがモロに女子である。

 上を見れば女のシンボルともいうべき二つの膨らみが。

 もしひかるが検血ポスターのモデルに起用されたら「環境型セクハラ」と言われかねないバストのサイズである。

 顔も美少女そのもの。順に大きな胸。細いウエストで鼻の下を伸ばした男子も、ボトムの前方で自分たちと同じ臓器の存在を認識させる膨らみで一気に興ざめする。


 男子はソフトボールをする。

 単純にA組対B組での試合だ。

 見た目こそ美少女だが「まだついている」ため男子扱いのひかるもこちらだ。

「よーし。やるぞ」

 精神的にもまだ男子なのか対戦にはやたら気合が入るひかる。

 どのみち授業で全員出ないといけないなら、ひかるの体の小ささを生かして四球をもぎ取らせようとB組の面々は目論んだ。

 だから一番打者。

 そしてポジションはセカンドだ。

 女の子そのものの見た目の上に小柄。

 何もイチローの様なレーザービームは望まないが、外野手だと返球がバックホームどころか中継の内野手に届くかも怪しい。

 だから内野に回されてそして一塁に一番近い二塁手だ。

 一塁手に回すにはあまりにも小柄すぎたのだ。


 しかしこれだけ周到にしても厄介ごとは起きる。

 先頭はレフトフライに仕留めたが二番打者をひかるのエラーで出塁させた。

 途端に集まる内野陣。

「みんな。ごめん」

 エラーをしたひかるは素直に可愛らしい声で詫びを入れた。

「いいっていいって」

 サードの中村がポンと胸を叩く。

「つ……」

 股間に男子のシンボルは残っているが、Fカップの胸も本物の女子と遜色ない感度。

 敏感な部位を叩かれて痛みが走りしかめっ面になる。

「次やらなきゃいいんだからさ」

 ファーストの桜田が素手の方でひかるの尻を叩く。

「ちょっと」

 失策を犯して強くは出れないひかるも不満顔に。

「お前ら。セクハラだぞ」

 ショートを守る山崎一哉(やまざき かずや)がたしなめる。

 中肉中背。不細工ではないがイケメンでもない。紙も短い。

 成績は中の上。スポーツだと足は引っ張らないがヒーローにもならないタイプ。

 だがほめるところを無理やり見つけたのとは別の意味で、ずば抜けて性格がよく心優しい少年だった。

 そんな彼だけにひかるのことも見守り、そしてこの場のように困ったときは手を差し伸べていた。

「おいおい。一哉。こいつはこう見えても男だぞ。セクハラじゃないだろ」

 担任も山崎姓なので区別もあり男子にも下の名で呼ばれていた一哉。桜田もそうしている。

「それともお前はこいつのことを好きなのか? 男同士でよ」

 下卑た表情の中村。

「男でも女でも関係ない。嫌がっていることをするなというんだ」

 仲間割れになれそうなほど怒る正義漢。それを止めたのはほかならぬひかるだった。

「もういいよ。一哉。悪いのはエラーしたおれなんだし」

 殊勝に出られてもまだ雰囲気が悪い。しかし

「一哉。かばってくれてありがと」

 とにかく一見すると小柄な美少女のひかるが、小柄ゆえに上目遣いでほほを赤らめてかわいい声で言う。

 男と分かっていてもこれはたまらない。

 とどめに可愛らしい笑顔だ。完全に雰囲気の悪さは消えた。

「お、おう。次でゲッツーとるぞ」

「だが気をつけろ。奴は『本職』だ」

 A組の三番打者。三橋は野球部員だった。


 プレイ再開。

 授業の一部でそこまで本格的ではないものの試合である。

 半ば習性でチームバッティングでライト方向を狙って打つ三橋。

 しかし重たいソフトボール。そうは飛ばない。

 強めのゴロがセカンドに。

 絶好の併殺打。名誉挽回。汚名返上とばかりにひかるは前に出てさばこうとする。

 しかしそこでイレギュラーバウンド。

 ひかるの真下でボールは跳ねその「股間」を直撃した。

「うぐっ」

 悶絶して倒れこむひかる。

「おい。大丈夫か?」

 見た目が女の子でも残っているのだ。その痛みは想像に難くない。

 男子たちは一人の例外もなく心配する。

「先生。俺が保健室に運びます」

 一哉がひかるをおぶって運ぶ。

 半ば気を失いかけておぶわれているひかるを見て

(ひかるはやっぱり男だな)

(それでもなんかうらやましいぞ。一哉のやつ)

 そんな風に思う男子が多数。

 当の一哉は背中に当たる胸と、おぶう際にあてた尻の感触にどぎまぎしていた。

 股間の物は当たらない位置。ひかるの『女の要素』だけが一哉に伝わっていた。

(いっそ完全に女ならこいつも俺も楽だったのに)

 一哉はそう思わずにいられなかった。


 一方の女子サイドは体育館でバスケットボール。

 ここでは長身ゆえに戦力にされていたのぞむである。

 性格こそおとなしいが運動神経は悪くない。

 まだ男子の筋力が残っていたか女子に混じると頭一つ抜ける。

 こちらもクラス対抗。B組の女子は動きの良いのぞむを止めようとして次第に熱くなりプレイが荒っぽくなってきた。

 のぞむへのパスをカットしようとB組女子が飛び出す。

 その肩がのぞむの胸板。いや。胸の柔肌に当たる。

「ぐ!?」

 激しい痛みで息が止まりかけるのぞむ。その場でうずくまる。

「ストップ。ストーップ」

 体育教師。北島景子が試合を止める。

 女子生徒たちも集まってくる。

「大丈夫か? 蒲生」

 北島がのぞむの背中をさする。

 少し落ち着いたのかのぞむの呼吸が小さくなる。息が整ったところで「はい。大丈夫です」と返答した。

「無理するな」

 北島の指示でのぞむは試合から外れた。

 小百合に連れられて体育館の壁際に。

(うわ。もろ入ってたよね)

(男子なら平気だろうけど女子の胸にあれはきついわ) 

(ああ見えて蒲生君。女の子なんだね。まだ信じられないけど)

 ふとしたところでのぞむの性別を認識した女子たち。


 体育の授業よりも日常的なのがトイレだ。

 これもいまだになじんでもらえない。

 男子トイレにひかるが飛び込むと先客たちは驚く。

 なにしろ見た目だけならセーラー服の美少女だ。

 それが男子トイレに飛び込んでくれば驚く。

 ましてやスカートの前方を豪快にまくし上げて小用を足す姿は尚更奇異だ。

「なあひかる。ジッパーのついているズボンと違って、スカートはむしろ立ってだとやりにくくないか?」

 たまたまいた一哉が隣から尋ねる。

「おれもズボンの方がいいんだけどさ、この姿だと逆にじろじろ見られるんだよな」

 女性のパンツルックは少なくとも男子のスカートのように奇異には見られないものの、学校制服となるとそれが通じない。

 愛らしい美少女の学ラン姿は確かに目立つ。

「女装」の方がむしろ目立たないので甘んじている。


 一方ののぞむも女子扱いで仕方なく女子トイレ利用だが、やはり女子に驚かれる。

「わかってても学生服の人間が来ると身構えるよね」

「ごめん」

 手を洗いながら隣に謝るのぞむ。反対側の女子からも言われる。

「ねぇ。蒲生。あんたもいとこみたいに女子制服できたら?」

 すでに女子あつかいなのだ。問題はない。だが


「うーん。この顔じゃどうしても『女装』だよね」

 美醜ではない。よく見れば男のごつさはなくっていたものの、顔立ちがまだ少年だった。

 声も男子の裏声のようだし、肌も黒い。

 胸は敏感だがふくらみが全くない。

 ひかるの逆でまだ男子制服の方が騒がれない。

「それに……やっぱりスカートは恥ずかしいし」

 はにかむのぞむ。

 不覚にも女子ふたりはときめいた。

 可愛い男子に対するそれではない。

 同性でも可愛ければ話は別だ。

 この時点でこの二人はのぞむを女子と認めていたのだ。


 授業がすべて終わり予定の無かったひかるとのぞむもそれぞれの家に帰る。

 のぞむは電車。ひかるはバスでの通学。

 それだけに人目を気にしてまだ少年の面影残すのぞむは学生服。

 一部を除けば美少女そのもののひかるは女子制服のセーラー服だ。


 余談だが一度だけひかるは痴漢に遭遇している。

 スカートの中に手を入れ「女の子の大事な部分」をいじろうとしたらあるはずのないものが。

 痴漢の方が悲鳴を上げた。

 見た目こそ女の子のひかるだが精神的にはのぞむ以上に男っぽさを残している。

 だから恐怖より、やりこめることを選択した。


 この日はそんなトラブルもなくまっすぐ帰宅したひかる。

「ただいま」

「おかえりなさい。ひかる」

 丁度買い物から帰り、袋の中身を片付けていた母親。天田つばめ(44)が娘になりかけている息子を迎えた。

 ひかるの母というだけによく似ている。立派な胸もひかるに受け継がれている。

 茶色の髪の毛は柔らかなウェーブを描いている。

 身長は160を超えている。

 それだけが男だった名残としか思えないほど物腰の柔らかい「女性」だった。

(本当に前は男だったのかな? あやめおばさんや風香おばさんの方がよほど男っぽいけどな)

「あやめ」というのはつばめの姉。「風香」というのは妹だ。

 つばめにはもう一人の妹がいる。その名は葉月。

 蒲生葉月。のぞむの「母親」だ。


「なぁに。ひかるったら。母さんの顔に何かついてる?」

 あくまでおっとりと尋ねる。

「あ。いや。その」

 口ごもりはするがズバリ聞く意思はある。

「あのさ、母さん。母さんは本当にもとは男だったの?」

 思い切って尋ねた。

 つばめはきょとんとした表情をしたが、質問の意味と意図を正確に理解した。

「そうよ。あなたと同じ。生まれた時は男の子だったのよ」

「嘘だ! だってどうみても女にしか見えない」

 かつて同じ道をたどったつばめ。ましてやかつて弟だった人物が妹に変わったのを見ている。

 ひかるの「痛み」は理解できた。

「あたしもね時間かけて女の子になっていったの。だけど最後まで残ったものがあってね」

 ここでつばめは少女のように恥じらった表情を見せた。

 今度はひかるが察した。自分と同じ部位が残っていたと。

「でもその時の親友が助けてくれたの」

「助けて?」

「『女にしてくれた』の。二重の意味でね」

 今度はひかるが恥じ入った。

(え? もしかしてやっちゃったの? でもそれでどうして?)

「その日から加速度がついて女の子になっていったの。向かいあってできるように」

 おっとり上品な口調で結構下品なことを口にしている母。

「その時の親友があなたのお父さんよ」

「うわぁーっ。そん話は聞きたくなかったぁーッ」

 とんでもない出生の秘密だった。


 翌日。昼休みに中庭で弁当を食べているひかるとのぞむ。

 普段はそれぞれのクラスで過ごしているが、ひかるが「ぶちまける」ためにのぞむを連れ出した。

 話題はこの母との会話である。

 それでのぞむも母に話を聞こうと思い立った。


 のぞむが帰宅すると母・葉月は買い物から帰り一休みしていたところだった。

 ひかるに対するつばめと違い、葉月はある意味で今ののぞむと似てない。

 胸も大きいし美人だった。

「女らしい」人であった。


 そこでのぞむも同じことを尋ねた。

「本当に男の子だったのよ。わたしも」

「それは信じるよ。それでお母さんは不安じゃなかった?」

 男から女に変わる事。そしてその変化の過程を聞きたかった。

「何しろ姉さん……当時は兄さんの変身を見ていたから。覚悟できちゃってた。ただねやはり不安だったわ」

「どうやって乗り越えたの?」

 こちらも質問の意図を理解した母。

「やはり覚悟。心の準備よ。つばめ姉さんが変わるのを見ていたから、それがわたしにも起きると覚悟できたの」

 一度お茶を飲み文字通り一息入れた。また話す。

「つばめ姉さんもわたしも子供のころから同じ名前。最初から女で通じる名前だったのに気が付いて、これは決まっていたことなんだと悟ったわ。だってほら。姉さんたちの名前を考えてみて」

「あやめおばさん。つばめおばさん。風花おばさん。そしてお母さん?」

 意味が分からなかった。

「花鳥風月になるでしょ」

 それて統一されたと知った。最初から女の名前でそろえていたあたり「予定されていたこと」と理解した。

 ちなみに長女はたまたま花にちなんで名づけられ。その弟が生まれた時点で「花鳥風月」に考えがいたりちょうど四人「姉妹」になったとも言われた。

 宿命づけられていたと知れば覚悟も決まる。それはわかった。

 しかしだからと言ってそんな簡単に男を捨てられるだろうか?

 のぞむは思った。


「もちろんいくら覚悟していても不安だったわよ。けど姉さんたちや女友達が私を受けて入れてくれたから助けられた。みんなのやさしさに救われわたしは女になれたのよ」

 やはり男性的な風貌が悩みだったと打ち明けた。

 しかしみんなが自分を女として存在を認めたので、不安は消えた。

 そしていつしか女性的な姿にもなれたと告げた。


(僕にはそんな優しい人たちがいるだろうか?)

 何かと女子に壁を作らている。その疎外感。孤独感が不安を募らせる。




 暑い季節になりひかるとのぞむには厄介ごとがあった。

 水泳の授業である。


 その水泳の授業当日。

 整列する前のフリーダムな時間。

 すでに水泳するための姿になっている面々。

 その中でも注目は前年は男子として泳いでいた二人である。

「ひかるくん。それってどんな魔法使ったの?」

 A組とB組は体育は合同で行われる。

 別のクラスのひかるとのぞむも一緒である。

「これか? サポーターの二枚重ねで抑え込んだ」

 ひかるはスクール水着姿だった。

「股間」以外は女子そのものだし、何よりそのバストがトップレスというわけにはいかない。

 問題は男子のシンボルだが、わずかな膨らみこそあるが予想された「悲惨な事態」は避けられた。


「お前こそいいのか? それ」

 今度はひかるが尋ねる。

 のぞむは男子同様に上半身裸だったのだ。

「うん。どうしても似合わないから。もう『気持ち悪い』ほど」

「俺の逆だな。もうないからまっいらな分にはパンツの上から意識しないとわからないしな。とは言えトップレスとは大胆だな」

「ほら僕、こんなだから」

 胸の前で手を振り「ない」と表現している。

 とはいえわずかなふくらみはある。

 よく見ると肌もきれいで艶めかしい。

 夏服になっていたとはいえここまでの露出ではなかっからわからなかったか、半裸になると華奢なのがわかる。

 男子も女子も「やっぱり女の子になりかけているな」と認識を新たにした。


「でもやっぱり恥ずかしいんじゃないか? 顔色悪いぞ」とはひかるの指摘。

「うん。ちょっとお腹も痛いけど今の体をさらすことの緊張からだと思う」

 その時は笑顔を見せたのぞむだが……


 決定的なことはすぐに起きた。

 準備体操中、のぞむが腹を抱えてうずくまってしまったのだ。

{どうした? 蒲生……お前?」

 心配して駆け寄った小百合がのぞむの足元に滴る鮮血に気が付いた。

 女性の宿命。月に一度の物が来たと察した。

 それは小百合だけでなく周辺の女子もだ。

「男子。見るなぁーッ」

「女の子はデリケートなんだからね」

 興味本位で見に来た男子からのぞむを守る。視線を遮る壁になる。

「先生。蒲生くんを保健室に連れて行きます」

 小百合は教師に許可を取るとのぞむに肩を貸し校内へと。

 ひとまず女子トイレに連れて行き、他の女子が持ち合わせていたナプキンをあてがうことにした。

 のぞむのフラットな股間は血まみれだった。


 いつの間にかのぞむは保健室のベッドて眠り込んでいた。

 それを見守る女子が一人。

 ベッドわきの椅子に腰かけていた。

「う……」

 うめき声と同時に目を覚ますのぞむ。

「お目覚め? お姫様?」

「……海城さん? あれ、授業は?」

「もう放課後だよ。だからほら」

 カーテンを開けると女子生徒が数人。

「みんな!?」

 驚くのぞむ。みんながみんな心配の表情だったからだ。

「今までごめんね。蒲生君」

「……なんで謝るの?」

「散々男扱いして敬遠していたじゃん」

「でも蒲生も女の子になったんだとよくわかったわ」

 理由はあの出血にあるのは考えるまでもない。

 のぞむは無性に恥ずかしくなった。

 そしてその「恥じらう姿」がより女の子らしく見せていた。


「とにかく、アタシらは蒲生を女の子として受け入れるわ」

「もうあんな邪険にしたりしないから」

(いたんだ。僕にも受け止めてくれる人たちが)

 女子たちのやさしさに涙が出たのぞむ。


「でもさぁ、やっぱり男子の制服で女子トイレや更衣室に来られると身構えるよね」

「ごめん……」

「やっぱりそれを解決するには女子制服にしたらいいと思うけど」

「ええっ? でも僕じゃ女装にしか見えないよっ」

「そこは見せ方よね。うまく見せれはイケメン女子になれるよ。蒲生君……ねぇ。女子扱いすると言っといてこの呼び方は考えものよね?」

「それもそうだな。じゃあこれからはのぞむと呼ばせてもらうぞ」

「海城さん」

 それくらいなら別にと思ったが

「ねぇ。どうせならもっと女らしく『のぞみ』って呼ばない?」

「ふむ。戸籍はフリガナふらないからな。希望の『望』とだけあるはずだ。のぞみと読んでも問題あるまい」

「海城さぁぁぁぁん!?」

 勝手に話が進むのでたまらず叫ぶのぞむ。

「お。今の声、いつもより高く出たぞ」

「ほんと。結構かわいかったよね」

「いや。制服とか呼び方なんて勝手に……う。またお腹が」

 興奮したことて鎮痛剤の効果が薄らいできたのか。

 再び「生理痛」に見舞われるのぞむ。

 そんな有様で女子数人相手口で勝てるはずもなく押し切られた。

 いや。踏ん切りがつかなかったが「背中を押してもらった」のを甘んじて受けた。



 次の週。

 真新しい夏用の半そでセーラー服に身を包んだのぞむが、おずおずと2年A組にやってきた。

 男女両方から「おおーッ」という声が上がりのぞむは縮こまる。

「似合うじゃないか。のぞみ」

「ありがと。小百合」

 保健室の一件で『のぞみ』と呼ばれるようになった。

 引き換えにのぞみも女子を下の名で呼ぶことに。

「あ。化粧してる?」

「薬用。薬用リップだから」

 唇がピンクに彩られていた。

 あわててのぞみは否定する。

「大丈夫だ。のぞみ。軽いものならとやかく言われない」

「そ、そうなの?」

「私が証人だ。ほら」

 小百合は唇を指し示す。

「え? これって口紅じゃないよね」

「グロスというんだ。ふつうは口紅と組み合わせて使うが、それだけでもこのくらいにはなる」

「実はあたしも。ほら」

 手を見せる女子。すべての爪がごく薄くマニキュアで彩られていた。

「あたしもあたしも」

 しゃしゃり出てきた女子がロングヘアをかきあげると、髪に隠れていた耳たぶに光るものが。

 盛大な暴露大会だった。

「みんなそれ。校則違反しゃないの?」

「固いこと言わない。

「……女の子なら……か

「なんだ? さすがに男のころに未練があるのか?」

 小百合がスレートに問う。だからのぞみもストレートに返した。

「無いと言ったらうそになるけど……おかあさんもおばさんもおはあちゃんも同じ道を歩んで、そしてみんな女らしい。遠回りしたけど僕……ううん。『わたし』もなる定めだったと思えば」

 ここで改めてのぞみは一同を見る。

「みんな、わたしのこと女の子として受け入れてくれる?」

「もちろんだ」

「任せて。可愛い女の子にしてあげる」

「アタシらが本気出したら男子だってかわいくできるし」

 前年の文化祭で男子が女装しての喫茶店の際にメイクを担当していた。

「ましてのぞみは正真正銘女の子。可愛くできないはずはない」

「わからないことは何でも聞いて。女同士。教えてあげる」

 受け入れたことを異口同音に伝える女子たち。

 気が付いたらクラスの女子がみんな受け入れていた。

「ありがとう。みんなありがとう」

 のぞみは涙ぐんでいた。


 普通に考えて性別が変ることはあり得ない。

 それを引き起こすとしたらやはり超常の力。人ならざる者の仕業と考えたくなる。

 それだけに精神的な藻が強く影響したと考えられた。

 何らかの理由で滞っていたのぞみの女体化だが、女子に受け入れられ安住の地ができたことからか一気に進行した。

 夏だというのに肌がぐんぐん白さを増していくのだ。

 全体的に華奢になっているのは少しきつめだったセーラー服なのに、余裕が生じたことで分かった。

 反対に胸がBカップにまで膨らんでいた。

 そして声もいつの間にか少女声になっていた。

 もはやすっかり女の子だった。

 女子たちと行動を共にするうちに仕草なども細やかになった。


 そんなのぞみを見てため息をつくひかる。

(あいつはいいよなぁ。正直妬ましいほどだ)

 一学期のテストも終わり、女子のグループで繰り出したのぞみを校庭で見送りながら思う。

 吹っ切れて見違えるほど明るくなった。

(皮肉でも揶揄でもなく「悩みがなくて」いいよな)

 ひかるはわずかにスカートの前方を押し上げる器官を意識した。


「どうしたんだよ?」

 半袖ワイシャツ姿の少年が背後から声をかける。

 声だけでもわかるが振り返って誰かを確認する。

「一哉か」

 何かとよくしてくれる親友だった。

「黄昏てるな。おまえらしくもない」

「はは。おれらしくない……か」

 力なく笑うひかる。

「ほんと。おれって何なんだろうな? 男か女かすらはっきりしない」

 一哉は黙っていたが手を差し出す。

「帰ろうぜ」

 差し出された左手の意味が分からないひかる。

 だから単純に右手をゆだねた。

(こいつの手、硬くてごつい男の手だ。今までは意識したことないが、おれの手がこんなだからわかるようになった)

 意図と意味の分からないまま、その小さく白く華奢な柔らかい手をゆだねた。

 間違っても男同士のそれには見えない。

 ひかるの外見もあり、仲睦まじい恋人のようだ。


 ひかるはバス通学。一哉は徒歩で方向も同じだった。

「ちょっと寄ってかないか?」

 一哉が自宅へと招く。

 特に用事もないし、精神的には男。

 ましてや男子のシンボルが残ったままのひかるは警戒心を抱かずに招待に応じた。


「一哉の家は初めてだな。親父さんは仕事としておふくろさんは?」

 誰とも合わずに一哉の自室にまで来た。

「母さんも仕事で今日は遅い。今は俺とお前の二人しかこの家にいない」

 台所から持ってきた氷の入った麦茶を差し出しつつ返答する。

 ひかるはベッドに腰かけている。

 一哉は自身の机ニある椅子に腰かけた。

「二人っきり……」

 男同士のはずなのに意識してしまう。

 スカートからむき出しの脚が汗にまみれているのは七月だからと言うだけじゃなかった。

(落ち着け。男同士じゃないか。なにを意識するんだ?)

 気まずい沈黙だった。


「なあ。やっぱり男に戻りたいのか?」

 担当直入に一哉が尋ねた。

 これを聞きたくて招き入れたのかとひかるは察した。

(心配してくれるのはりがたいが、他人に気を使いすぎじゃ?)

 ぶしつけな質問ではあったが「答えたい」ものだったので返答した。

「戻れるなら戻りたい。けど母さんや叔母さん。ばあちゃんも男に戻れず子供まで生んでいる。それにのぞむもああなったし」

 嫌というほど宿命を突き付けらていた。

「だからもう諦めている」

「だったらさ」

 不意に一哉が椅子から立ち上がる。

「俺のためにも女になってくれないか?」

 まるでキスでも出来そうな至近距離で真顔になって言う。

「それって、どういう意味?」

「言葉通りだ。お前と恋人になりたい。もうお前のことは女とか思えない」

「おいおい。現実を見ろよ。おれにはまだあるんだぜ」

 ベッドに腰かけた状態でスカートをめくってみせる。

 灰色のボクサーブリーフ。その真ん中のふくらみがグロテスクに見える。

「だったら俺の本気を見せてやる」

 一哉はひかるの顎に手をかけて持ち上げる。

(え?)

 何をされているのかはすぐに理解できなかった。

 一哉の顔が至近距離でやっと自分がキスされようとしていると理解した。

 しかし差し出された手を素直につないだのと同様に、ひかるは拒まなかった。


 ほんの数秒だったが十分くらい唇を重ねていたような気がした二人。

 それか離れた。

 下を向き口元を抑えているひかるは耳たぶまで赤くなっていた。

「口先だけじゃないってわかってくれたか? 男にキスなんてできないぜ」

 興奮気味に話す一哉。

「おれ……ファーストキスだったんだぞ」

 涙目で見上げるひかる。しかし怒りの表情ではない。

「俺だってそうだ。そんな大事なものを男相手にできるか」

「おれは男相手に初めてだったぞ」

「お前は女じゃないか」

 ここまで言われて。そして何よりキスというボディランゲージでウソ偽りないと信じられた。

「本当に、おれのこと女扱いしてくれるの? まだあるよ」

 言い方がかなり柔らかくなっているひかる。

「女性的」と言っても差し支えない。

「考えてもみれば世の中にはさ、ガチな男同士でキスどころかその先まで行くのもいるだろ。それに比べたらお前は天使だ」

 まだ興奮して恥ずかしいセリフが止まらない。

(ああ。ここにいた。おれを半端な状態から抜け出させてくれる奴が)

 男に戻れない。女にもなりきれないひかるを女として認めてくれる存在がいた。


「オ……あ、アタシのこと、女の子として受け止めてくれる?」

「全身全霊で抱いてやる」

 もちろん意味は分かってない。

「誓いのキスは?」

 ひかるもいきなり乙女のゲージが振り切れていた。

「なんどでも」

 一哉は再びひかるにキスをした。そのままベッドに押し倒されるひかる。

 いっそ母と同じ道をたどってもいいか思っていた。




 一学期終業式の日。

 一哉とひかるはクラスメイトの前で交際宣言をした。


 そして夏休みが明けて。




 「みんな。おはよう」

 2年A組の教室に元気のいい女子の声が響く。

 だがだれも声に覚えがない。

 クラスの面々が声の方を向くと小百合のそばに背の高い少女。

 しかし夏休み明けというのに真っ白い肌。

 背中に達する黒髪。

 きれいに澄んだ声のどれにも覚えがなかった。

 その少女がおかしそうに笑う。

 笑顔のまま正体を明かす。

「もう。みんな。わたしよわたし。蒲生のぞみ」

「えーっ?」

 大半が驚いた。

 すっかり女の子だったからだ。

 大平原だった胸まで膨らんでいた。

「二学期デビューなんてかわいいもんじゃねぇな」

「あれじゃ男子と見間違えたりもしないわ」

「あれ? 小百合。背が伸びた?」

 のぞみとそん色ない高さだ。

「違うわ。わたしが縮んだの。今は162くらい」

 性転換が始まる前からトータルで15センチほど低くなった。


「どうしてそんなに変わったの?」

 素朴な疑問だ。

「うん。やっぱり居場所かな。女の子としての」

 理解された。

 いくら男子のシンボルは消失していても見た目が男で敬遠されていた。

 しかし図らずもプールで生理が始まり、これ以上ない「女の証明」で一気に壁が崩れた。

 実のところこの敬遠されていたことが女体化の進行を妨げていたが取り除かれて進んだ。

 そして新たに女子として受け入れられたことで性格も明るく変わった。




 一方のひかるも激変していた。

 始業式前のわずかな時間で教師がひかるを手招く。

 黒板の前に立ちクラスメイトの方を向くひかる。

「あー。今日から天田は正式に女子扱いになった」

 ざわめく教室。

「どうしてですか?」

 女子の一人がきつい口調で尋ねる。

「夏休み中に天田が完全に女子になったと判明したからだ」

 夏休みとて教師は学校にいる。

 それで相談できた。

「確かに髪は伸びたな。一か月ではあんなには伸びないと思うし」

 ツインテールは変わらないが、耳の上でくくった髪の毛先が以前は肩口どまりだったのに今は胸元に達している。

「それになんか可愛くなってないか?」

 元々見た目だけなら美少女だったが、さらに肌の輝きや唇のつやなどが違っていた。

 そしてなにより態度がしおらしく、女らしかった。

「たしかにずいぶんかわいくなったけど、やはり女子に入れるには心配が」

「その心配が要らない証明をすればよいのですね?」

 口調までが変っていた。

「それでは女子のみなさんであたしのこと囲んでください」

 意味が分からなかったがクラスの女子はひかるを取り囲んだ。

 男子からの目に対する壁になっている。

「それでは女子の皆さんにはお見せします」

 ひかるは意を決してスカートの前方を捲し上げた。

 その行為自体が驚ぎだが、さらにおどろいたことに男子のシンボルがなくなっていた。

「またサポーターとか?」

「でもこのパンツじゃサポーターしてたらわかるわ」

「するとほんとになくなった…」

「あの、もういいですか? 恥ずかしくて」

 本当に耳たぶまで赤い。

 俯くさまは本当に『乙女』だった。


 とにかく証明はされたので、女子も信用することにした。

「もういいか? それじゃ時間なくなったから始業式に行くぞ」

 教師の言葉でいっせいに教室を出た。

 その際にひかるが一哉と指を絡めて手をつないだのが目撃されている。

 そもそも交際宣言をした二人。

 どうみてもひかるの変化は一哉が原因だろうとほとんどが思った。




 始業式が終わって教室に戻り連絡事項。

 それでこの日は終わりだったが「記者会見」があった。

 やはり焦点は一つだ。

「どうしてそんなに女らしくなったの?」と。

 ひかるは言いよどむが一哉がうなずいたので話すことにした。

「一哉君があたしのことを

「????」

 すぐには理解できない一同。

「男に戻れない、女にもなり切れていないあたしのことを女の子として受け止めてくれたから。だからあたしもできる限り女らしくなろうと心がけて」

 今度は理解できた。

「でもよぉ、ひかる。男でなくなったことは平気なのか?」

 男子の一人がぶしつけに尋ねる。

「未練がないと言ったらうそになるけど、ママも叔母さまもおばあちゃんも一族みんなたどった道。あたしも遠回りして女の子に『生まれてきた』と思えば」

 それほどどちらでもない宙ぶらりんがつらかった。

 そして奇しくものぞみと全く同じことを口にしていた。


(ママが女らしいのもあたしと同じ理由なのね。きっと。やっぱり「母と娘」だわ)


「わかった。お前ら

 ふざけ半分にまた別の男子が言う。

「やってねえよっ。

「「「「まだ????」」」」

 一哉の大失言だった。

 赤くなる一哉。ひかるは両手で顔を覆ってしまう。


 実はあのキスをした日、その勢いで二人ともその気になりかけた。

 一哉はそのつもりだったが、ひかるのスカートの下の下着を脱がせたら強烈なが。

 それで萎えた。

 消えてしまうまではお預けと暗黙の了解となった。


 そもそも少し前まで男だったひかるにまだそんな覚悟はない。

 いつか完全に女の子になったらその時にと思った。

 それでまずは形だけでもと女性的に振舞いだしたら、夏休みのうちに言葉遣いも仕草も少女そのものになってしまった。

 連動するかのように最後の砦が日ごと小さくなり、八月下旬にはほぼなくなっていた。


「いいだろ。帰ろうぜ。ひかり」

「ひかり?」

 一哉が連れて行こうとするがその名を聞き逃さなかった一同。

「はい。のぞみちゃんと同じに女性的な読み方にしました」

 今度はにっこり笑って言う。

 そして一哉を追いかけてその腕に自身の腕を絡める。

 まごうことなき恋人同士だった。


 教室を出たら女子の一団が通行していた。

「あ。ひかりちゃん。下校デート?」

 のぞみだった。

 さすがに同じ境遇の上に親戚同士。

 こまめに連絡はしていたので、互いの状況は知っている。


「うん。そうなるわね。のぞみちゃんたちは?」

「わたしたちはこのまま遊びに」

 女子グループに溶け込んでいた。

 女らしくなったひかりと明るくなったのぞみ。

 見た目も心も大きな変化だった。


 それぞれも目的が違うのでそれだけでわかれたが

「いいなぁ。のぞみちゃん。あたしも女の子同士で遊びに行きたいなぁ」

 いきなり彼氏は出来たが女友達はいないひかりがうらやむ。

 しかしこの態度で二学期の後半には女子に溶け込んで、女子会にも招かれていた。


 一方

「いいなぁ。ひかりちゃん。わたしも彼氏欲しいけど在学中は無理かな」

「ちょっとな。何しろ元は男と知れている。あのふたりは例外中の例外だろう」

「そうだよね。それじゃ卒業までは女の子同士で」

 にっこり笑いあうのぞみと小百合。

 そのまま女子グループで遊びに出る。

 それを何度も繰り返すうちに事情を知らない他校の男子と「グループ交際」のようになり、やがてのぞみにも彼氏が出来た。




 男から女になりかけた中途半端な状態で苦悩し続けた天田ひかると蒲生のぞむ。

 完全に少女。ひかりとのぞみになったことでその苦悩から解き放たれ、遅ればせながら女子としての青春を謳歌していた。



あとがき


 TSFには「朝おん」なんて言葉があるくらいで、だいたいは短い時間で男性から女性へと変身するのが相場です。

 そこでそれが時間がかかり、個人差があったらというのが今作の着想です。

「ナニ」が残っていたら男で、なくなっていたら女なのかと。


 白状すると性転換の理由ははっきりして無くて。

 代々の呪いか?

 あるいは単なる体質なのか?

 前者の方がこの話には合いますね。


 ひかるはそのまま一哉とベッドインして、それで女性化が一気に完了と考えてましたが、性行為がきっかけで精神的にも女性化とのはいくらでも他作品があるので。

 あくまで精神面がきっかけとするためキスだけにとどめました。

 本文中にも書きましたが、それこそ男同士でも行為に至れるのたからひかるの体ならなおさらでしたから。


 もっと極端なのがのぞみ。

 女性の快感以外で「女の方がいい」と思わせたかっので、共和を良しとする女性のやさしさ。穏やかさに重点を当てました。

 性転換は元の性別での「存在意義」を失う恐怖があるけど、新しい性別での「存在意義」がみつかれば。

 女としての自分の居場所があれば心穏やかかと考えの展開でした。


 ネーミングは「まだ」ということで「天田」

「もう」で「蒲生」といういつものパターン(笑)

 下の名前は何となくでしたが、女性的にしたらもろ新幹線でした(笑)


 お読みいただきましてありがとうございました。


城弾

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まだある もうない 城弾 @johdan21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ