第20話 記憶が溢れて

 5月7日16時。

 


 何故だろう。



 この日時には、特別な意味があるような気がしてならない。




 高校2年の春。


 担任の三好先生に頼まれ、放課後になったので、転校生に学校を案内する事になっていた。


 …担任の先生は、昨日まで別の先生だった様な気がするのだけれど。




 変だな。




 妙な錯覚やデジャヴに何度も襲われ、今日の俺はすごく変だ。




「遅くなってごめんなさい」




 職員室に呼ばれていた転校生が、俺以外誰もいない教室に、戻ってきた。





 天野真名あまの まな






 艶やかな長い黒髪、すらっとした手足。色白で、この世のものとは思えないくらいの、絶世の美少女だ。



「よろしくお願いします」



「こちらこそ」



 少しだけ緊張しながら、3階から順番に、彼女に校内を案内する事になった。



「広い学校だね」



 彼女は感心したように、歩きながら言った。



「確かに広いね。旧校舎もあるから、時間が余ったら案内するよ」



 あ、そうだ。旧といえば…。



「旧視聴覚教室がこの近くにあるから、ちょっとだけ覗く?」



「見たい」



 真名は嬉しそうに、笑った。




 2人で旧視聴覚教室に入ると、真名は突然、深呼吸した。





 そして。





 両腕を広げてクルッと一回転し、にっこり笑って俺を見た。






「海斗」






「…?」






 何故いきなり、今日会ったばかりの転校生に、俺は呼び捨てにされたのだろう?








 聞き間違いか?









 彼女はいきなり急接近し、俺の両肩を掴み、回れ、というジェスチャーをした。







「??」







 俺は首を傾げたが、言われた通り、彼女の様に両腕を広げ、クルッと一回転して見せた。







 すると。

 







 記憶が、洪水の様に溢れ出した。














 俺の胸に頭をくっつける、マナ。
















 図書室でうたた寝する、マナ。















 カフェの休憩室で巫女姿のまま、赤くなりながらこちらに近づく、マナ。















 白いワンピースを着て嬉しそうに微笑む、マナ。















 ピンクの浴衣を着て楽しそうに、祭りの屋台のヨーヨーを掬う、マナ。




















「戻った?記憶」
















「戻った」














 俺は震える手で、彼女をそっと抱きしめた。













「二度と、消えて欲しくない」












「私も」














 マナは、感慨深い様子で、この教室の中を見回した。










「この教室にだけ、この日時にだけかかる細工を、こっそり施していたの。兄はきっと、これを知っていたのに、わざと見逃してくれたのかも」












 俺は奇跡を見ている。







 微かに声が、震えてしまう。












「これは、現実…?」














「そう。私は、人間になった」














「時刈先生は?」














「兄は、この時空間を整えたから、別な場所で、別な仕事をしているだけ」















「岩時神社は?」










 マナは、ちょっとだけ寂しそうに、こう言った。









「もう、無い。私は、不死鳥じゃないし」














「…でも、神がいなくなったわけでは無いよ。神は、神社にいるだけでは無い」















「心の中にいて、いつも見守ってくれている」















 俺は、笑った。









「すごく、説得力ある」














 マナも、俺の表情を見て微笑んだ。







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