第10話 『黄色』の衝動

 俺は、マナにかねてからの計画を明かした。


 神社カフェの休憩室にて。


「舞台を観に行こう」


 マナは不思議そうに、カフェのカップを磨きながら俺に聞き返した。


「舞台?それは何?」



「観劇だよ。芝居を見るんだ」




 8月の日曜日。


 都内の、とある劇場へ向かう。2人で少しお洒落をし、午前中に家を出て、電車に乗り込んで。



 これでも、結構悩んだ。



 マナをデートに誘うには、どこがいいだろうか、という事だ。



 遊園地はダメだ。絶対に。



 人間ではない彼女にとって、どの乗り物に乗ったとしても、退屈そうな顔をするだけだ。



 お化け屋敷などに入ったって、自分自身が怪奇現象そのものなんだから、面白がるかも知れないが、絶対に怖がらないに違いない。



「何なんだ、あいつは…」

 ため息が漏れる。レアな女過ぎる。



 映画も考えたが、それよりは、生身の人間を見る方が好きなのではないかと思った。



 それで、『舞台』を選んだ。



 マナに、俺をアピールする為。



 他の色の『俺』よりも、誰よりも、自分を好きになって欲しかった。



 他の『俺』たちだって、何人かはそう思っているだろう。



 俺がまだ、1つの自分になれないのは、多分、1つになりたくない『俺』が、どこかに存在するからだ。


 バラバラな俺たちはきっと、全員こう思っているに違いない。


「どの自分を、マナが1番好きだと言うのかを、彼女から聞き出したい」


 俺は別に今、1つの自分に戻ったって構わないが、やっぱりその前に直接、彼女に聞いてみたい気はする。







『俺の事、1番好き?』







 劇が始まった。


 マナは、集中して舞台を楽しんでいるようだった。


 主人公の青年は、自分に自信が無い。


 ひょんな事から歴史の教科書に出てくるような、不思議な世界を旅することになる。


 恋をしたり、自分を奮い立たせる出来事に遭遇したり、色々な困難を乗り越えながら、自分に自信を取り戻していく物語。







「海斗みたいだった。あの男」


 帰り道、電車に乗る前。涼しい街中を歩きながら、マナはこう言った。


「あんなに、ナマケモノかなあ、俺」


 マナは笑って、俺の腕に、はしゃぐように自分の腕を組んで絡ませた。



「今日、楽しかった。ありがとう、海斗。舞台は、面白い」



「そうだよな」



「演じている人の心と、役の心は違うのに。心の色は、台詞とはまるで別なのに。とても本物とそっくりで、思わず人は、騙される」



「ああ」



 『黄色』の俺は、誰よりも、自分以外を意識している。


 人の心が見える事に対して、とても敏感だ。


 楽しい気持ちを続けたければ、相手の機嫌を損ねたりはしたくない。


 だから自分の気持ちすら、誰かに、どこかに、何かに、寄せてしまう。



 その方が、楽だからだ。



「あなたは、優しい」



 マナは、急にこう言った。




「私はね、あなたに会いに来た。あなたは、人のことを、とても解ろうとする。だからいつも、苦しむの」




 彼女は俺の胸に、そっと頭をくっつけた。




「そんなあなただから、大好きなんだ」




 ふわふわとしていて、心がいつも、漂っていても?




 衝動的で、ついていけない時があっても?





「本当に?」





 声が震える。




「本当」





 マナの笑顔は、蜂蜜みたいに甘い。






『誰よりも、俺が好き?』






 聞いてしまいたい衝動を、彼女をぎゅっと抱きしめながら、ぐっとこらえる。






 きっと、そんな俺の気持ちすら、彼女にはお見通しなのかも知れないけれど。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る