第9話 『紫色』の視線

 学校の図書室にて。



 放課後。



 樹木医を目指す俺は、課題を終わらせて早く、自分が本当に読みたい本を読もうと、問題を解く事に集中していた。



 マナは、俺の隣で机に頭を乗せ、気持ち良さそうに、完全に熟睡している。



 その寝顔は、まるで天使のようで。



 いや違うのか。本人曰く、不死鳥なのか。



 艶やかな、長い黒髪。


 半開きにした口元、長い睫毛。


 透き通る様な、真っ白な肌。



 見えているマナは、人間の少女そのものだ。



 俺が惹かれているのは、彼女の見せかけの外見なのだろうか。



 心の中は、色さえも、見せてくれないのだから。




 彼女を見つめるうちに、急に畏怖の念が襲ってくる。



 見つめることを許されない幻の秘宝でも、こっそりと見せてもらっているかのような。




 マナが俺と、片時も離れずに一緒にいようとしてくれているのは、すごく伝わってくる。



 だから悲しい。とても。

 それが、終わりのない謝罪の一部のように感じてしまうから。



 7月の終わり。

 高校2年の夏。



 本当に、この時間は現実なのだろうか。



「三上」



 図書室の扉の近くから、担任の時刈爽先生の声がした。



「先生」



 時刈先生は、岩時神社の宮司も務めている。元々高校教師だったが、神職を引き継ぐ事を最近決意したのだという。



「後で神社に寄っていかないか」



「はい」



 1時間後に勉強を切り上げると、マナを起こして神社に寄った。



 暑い。汗がこぼれ落ちる。

 蝉の声が、うるさい。



 カフェにてアイスコーヒーを出してもらい、先生と2人で飲む。




「この神社は、俺の代で終わりなんだ」




「え?」




 神社に終わりがあるのだろうか。




 ムラや集合体が団結して守ったのがそもそもの神であり、神職者の一族の血が絶えたら神社は終わり、などという話は聞いたことがない。



「『時刈』という名字、不思議だろ?」



「そうですね」



「その『時刈』が無くなる」



 カフェの売店では、マナが巫女姿でお守りを販売している。だんだんこの光景も見慣れて来た。




「俺は、不要な『時』を刈る」




 先生はコーヒーを見つめながら、こう締めくくった。




 ……?





 また、おかしな人?が現れた。





 頭の中がハテナマークで、一杯になる。





 ……そういえば、この人はマナの兄だった。





 もう、いい加減、この妙な世界で俺を振り回すのは、勘弁してくれないだろうか。




 俺は少しイライラしながら、先生に質問した。




「あなたは人間ですか?」


「人間であり、そうではない」



「この時間は、現実ですか?」


「お前にとってはね」



 ますます、頭が痛くなる。

 俺は、深くため息をついた。




「意味がわかりません」






「5月7日16時は、お前に何回訪れた?」




 そういえば。




 『紫色』の自分自身では一回きりの記憶だが、俺たちは全員の記憶を共有している。




「5月7日16時は、たくさん存在しました」




 しかも、5月7日16時って、一体何だったんだ?

 あの時は特に、ぐちゃぐちゃで。




 マナが学校にいた。

 転校してくる前だった。




 時刈先生は、飄々とした表情で笑った。




「時間は、目印でしか無いんだよ。その時のお前にとって、都合よく思い出す為だけにある」




 先生は、こう続けた。

「だから、俺は、いらない時間を刈る」






 そして先生は、少しだけ表情を曇らせた。






「何とか、マナを導いてやらないと」






 導く?






 この人は、一体何者なのだろう。



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