それぞれの、心。

第7話 『灰色』の動悸

 高校2年の春、5月の終わり。

 突然、天野マナは俺のクラスへ転入してきた。




 衝撃、を受けた。




 何かが、頭の中でカラカラと回る。




 ひんやりとした、部屋。

 白い装束。



 俺はあの時、盃の霊水を飲み干した。

 彼女は、目の前に座る俺を見て、ゆっくりと微笑んだ。




 ここはどこで、自分は一体誰で、彼女は、何のために自分の前に姿を現したのか。




 胸が、熱い。




「委員長、学校の中を案内してやってくれ」


 俺は担任の時刈爽とがり そう先生に頼まれ、マナに会釈した。



「天野マナです。よろしくお願いします」



 無表情だが、しっかりとした挨拶には誠意を感じる。


 目が離せなくなるほどの艶やかな長い黒髪、色白でとびきりの美少女。



 あの少女だ。


 …あの神社での出来事は、夢では無かったのか。




 動悸が高鳴る。


 見たかった夢を、やっと見られたような。


 この一瞬が、消えてしまわないように、彼女を目に焼き付けてしまいたくなる。




「学級委員長の、三上海斗です」



「あ」



「?」



「鳥居の下で、倒れてた時以来だね」



「やっぱり、あの時の…」



「やっと見つけた」



 マナは微笑んだ。



「あの日は、あなたがあまりにも衰弱していたから、また来てもらう約束をして兄の爽があなたを家まで、送っていった」



 彼女は続けた。



「その後待っていたのに、あなたは神社に現れなかった」




「道が…」




「?」




「道が、見つからなくなった」





 信じられない。





「あれは、夢だったのかと思ってた」





「神社は存在するし、あれは夢ではない」




 マナは笑った。




「今日からまた、遊びに来るといい」





 学校をひととおり案内すると、彼女の希望で岩時神社へ行くことになった。



「君に会ったら、たくさん聞きたい事があったのに。何から話していいか、わからない」



 俺は、森に囲まれた長い参道を歩きながら、マナに聞いた。



「何故俺は、あの霊水を飲ませてもらったの?」



 マナは、俺の目をじっと見つめた。



「俺の心の色を、魔法の水で白い心に変えたかったとか?」



「そうではない」



 マナは続けた。



「『灰色』の海斗。あなたは、マスターだから」



「マスター?」



「全員の海斗をまとめて、束ねられるのはあなただけ」



 まとめて、束ねる?



「迷い、苦しみ、1番自在に変化しながら、答えを探し続けられるのは、あなただけ」




 マナは、鳥居の下で俺を見て微笑んだ。




「儀式は儀式。形だけ。でも、誰がやってもいいというわけではない」




 彼女の透き通った想いが、その眼差しに込められている。




「あなたは、ちゃんと全部覚えてる。だからみんなの中で1番、真の答えに辿り着ける」





 神の世界と、人の世界の境界にて。

 この俺にだけ、信じられない事を明かすマナ。






「1番迷う事の出来るあなたこそ、あの霊水を飲むべき人」







 自分の真実という場所に、俺だけが近づいて選択できる、という事なのか?








 他の『俺』では無くて?









 …わからない。何がなんだか。







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