第5話 『紫色』の海斗

 5月7日、16時。


 2年4組ではない場所に、『紫色』の海斗がいた。



 岩時神社の境内の中。桜の大木の前だ。



 彼は、興味深そうな眼差しで、御神木を見つめていた。



「探した、海斗」



「マナ」


 

 海斗は振り向いて私を見つめた。




「あなたに、謝りたい」




 意を決してこう切り出したのに、海斗は首を横に振った。




「俺は、君に謝られたくはない」




「…?」




「7年前の、祭りでの事でしょ。俺は、炎に包まれた君を見て、心がバラバラになった」



「そう」


 


「でも、それは君だけのせいじゃない。あの炎に包まれた事によって、全員の俺が、バラバラになる事を決めた。それだけのこと」


 


「…」




「たとえ君からであっても、こちらの意思で決めた出来事を謝られたら、いい気分はしない。俺は」





 海斗は、巨木を見つめながら、こう続けた。





「自分の事は全部、自分で決める。自分を傷つけられるのは、俺自身だけだから」





「海斗」





 こんな事を、彼は考えていたのか。








 …どんな彼が、他にいるのだろう。








 どれだけ私は、彼に惹かれれば、気が済むのだろう。








 彼に向かってただただ突き進むこの自分が、恐ろしくてたまらなくなって来る。









「私は、どうすればいい?」







 震えながら聞く私に、彼ははにかむ様な笑顔で、こう言った。







「俺と、過ごして。一緒に」







 海斗は、私の手を握った。







「今この一瞬が全てだから。君といられるこの時間は、もう二度と戻って来ないかも知れない。だから」






 海斗は、私の左手を持ち上げると、その手の甲にキスをした。








「一緒にいさせて。マナ」









 鈴の音が、聞こえる。








 軽やかに、鳴り響く。








 私の気持ちと、あなたの気持ちは、一緒なのだろうか。








 それとも似ているだけで、全然違うのだろうか。









 きっと、そんな事は全部、








 どうでもいい事なのかもしれないけれど。











「私もあなたと一緒にいたい」









 私は、優しく彼の手を握り返した。










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