第4話 『緑色』の海斗
5月7日、16時。
『緑色』の海斗がいる、2年3組にやって来た。
柔らかな光が差し込む、誰もいない教室。
彼は机の上に突っ伏して、穏やかな表情を浮かべながら午睡をしていた。
ただただ愛しい。
私は、彼のすぐ横の席に座った。
声をかけたら、この時間が壊れてしまいそうな気がして。
触れることすら出来ないまま、見つめ続ける。
「海斗」
私の目に、涙が溢れ出て来た。
「告白するよ。私は、ただ、あなたに会いたかっただけなのかも知れない」
7年前。
本祭りまでの間は、神社の本殿の中から決して、外に出ることを許されなかった私。
でも、宵祭りの際に、誰かのイタズラで神輿が燃やされてしまった時、私はその炎の匂いで目を覚ました。
眠りを妨げられる事が、私は1番大嫌いだった。
炎に包まれた神輿の様子を見、私は動揺を抑えられなかった。
たった1つの乗り物である神輿が無くなれば、私は一体どうやって祭りに行ける?
どうやって人と会う?
もう、誰にも会えない。
激しい怒りが込み上げた。
その時に、出てはいけない本殿からそっと出て、神輿の炎をどうにか消そうとし、
自分が炎に包まれた。
私は不死鳥。炎などでは、死にはしない。
その時の私はどんな形相をしていただろう。欲望にまみれた、ひどく汚い顔だったに違いない。
誰かが、そこに立っていた。
炎に包まれた神輿を見ていた。
それが7年前の海斗だった。
「あなたは…」
目に焼きつくのは彼の、心の奥からほとばしる、色。
虹色に、燦然と輝く、色の洪水。
あんなにも光り輝く心を持つ人間に、私は会ったことが無かった。
思わず私は、9歳の彼に声をかけてしまった。
「私はマナ。あなたは、人間なの…?」
彼は頷いた。
「海斗といいます」
海斗。
美しい彼の心の色に、深く魅入られてしまう。
しかしその色たちは、彼と私が言葉を交わした瞬間、あっという間に業火に包まれ、粉々に砕け散った。
色は、どこへ舞ったのだろう?
「マナ…」
教室で眠っていた海斗が、目を覚ました。
「泣いてるの…?どうして…?」
『緑色』の海斗はそっと、私の涙をその手で拭ってくれた。
「あなたを、傷つけた」
涙は、後から後から流れてくる。
「あなたの心を、7年前のあの時私は、バラバラにして傷つけた」
海斗は、優しく微笑んだ。
「大丈夫」
彼は、私の髪をゆっくりと撫でた。
「心は戻るよ。君がそう望むなら」
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