第7話 読めない文字が増えた世界でウチは沈む
ウチは中学1年生になった。地元の公立中学校にそのまま進学した。
クラスは全部で9クラス、1学年の合計は350人、全校生徒の合計は1000人を超えるという、公立中学校としてはとんでもなく大きな学校だった。
幼なじみとは同じクラスになった。だが、既にそこには距離感があった。
分かりきっていた事ではある。ウチがいつの日からか、距離を置いたのだろう。
クラスメイトはほとんど知らない人ばかり。ウチは平穏に過ごせたらと願うばかりだった。
そして、授業が開始された。
国語の教科書は予想通り分厚さが増し、文章量も多くギチギチだ。
だが、ある程度構えていた分驚かなかった。
やることは変わらない。これまで通り、覚えて読んでいくだけだ。
数学はイヤに長い文章題が増えてきたが、数字の部分さえ認識出来れば、恐らくある程度は着いていける。
理科や社会は教科書だけでなく、資料集もちゃんと付いてきた。絵も中々に多い。マンガ部分も結構ある。大助かりだ 。
これなら中学でもそれなりに行けるかもしれない。
そう思った矢先だった。
中学になり、新たな科目が増えた。
「英語」だ。
日本語とは比べ物にならないほどの文字のすし詰め状態、似たフォルムばかりの文字、隣の文字とくっついたり、単語と単語の間の白い部分が逆に浮き上がって見える。
国語の教科書の何倍もの気持ち悪さと不快感が襲ってきた。精神的ダメージは計り知れない。
ウチは英語ですぐにツマづいた。
「he」 「his」 「him」
この辺りでウチはもう着いていけていなかった。
判別が出来ない。見分けられてもいないものに「彼の」とか「彼を」とか言われても、ただただ困るのだ。
4月の頭からツマづいているウチが、平穏に過ごせるはずなど無かった。
入学した頃のウチの切実な願いは、新手の刺客により呆気なく散っていったのだった。
更に苦痛な出来事が増えた。ノート提出だ。
授業中とったノートをテスト期間に先生に提出。その評価は成績に関わるというのだ。
ここは地獄か。ウチは信じて疑わなかった。
誰にも頼れなかった。幼なじみに相談する気にもなれなかった。
そもそも、そんな仲良くもない人からいきなり「ノート見して」と言われて素直に渡す人などそうはいないだろう。
ウチだって仮にそう言われても絶対貸さない。
当然、ウチのノート点は最悪だった。
「ちゃんと書いて」
「文字になってない」
「汚すぎる」
分かっていた評価だった。今更ダメージなど無い。
こういうものを重視している教師は、以下のことをドヤ顔で言う。
「ノートが汚い人は、人間性が出ている。字が汚い事は、心が薄汚れている証拠だ」
努力しても読み書きが上手く出来ない人間がここにいるのに、
そんな事を公然の場で言ってしまうこの人の人間性はどうなってしまうんだろう。
…と突っ込むのをギリギリで思いとどまったウチは気遣い者として再評価の対象にならないのだろうか。
英語の授業は更に過酷を極めた 。長文読解だ。
最早1行目すらも読み取れない。訳すのも最初の2〜3単語が限度だ。何の話なのか1ミリも分からない。
10秒見ることさえもキツい。とてもじゃないが耐えられなかった。
ウチが勉強出来ないというイメージが定着する時間は、中々に早かった。
それでもどうにか耐えしのいだ。1つの目的のために。
それは百人一首だ。
ウチはこの中学でも冬には百人一首の大会がある事を知っていた。
唯一ウチが輝ける場所。クラスで練習が始まると、ウチは無双しまくった。一気にクラスメイトのウチを見る目が変わる。
ここがウチの場所。学年全体の大会でも必ず勝つと、ウチは意気込んでいた。
いざ本番。思いっきり気合いを入れ、ウチは戦いの場へと向かった。
結果は2位だった。
ウチは唯一輝けると信じていた場所で、敗北を味わった。
※余談ですが、ウチは今でも英語は凄く苦手で、7文字以上の英単語の読み書きはほとんど出来ません。
特に「birthday」みたいな、ギッチリ詰まってるのは、最初と最後の文字しか分からず、いつもごっちゃになります。
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