第5話 空気の読めない世界で皆は切り刻む
ウチは小学5年生になった。今回運が悪い事に、今まで同じクラスにはなっていなかった、いじめっ子として有名なやつと同じクラスになってしまった。
いじめられないように気配を消そう。そんなことばかりを考えていた。
だが、そんなウチの願いはすぐに潰えた。
リレー音読はある程度着いていけるようにはなったものの、ノートがグチャグチャであったり、黒板に書く字が汚いと、クラスの皆の前で注意というよりも、皆が笑うようにいじる(場を和ませようと思っている)先生で、本人のダメージを考慮しないため、いつの間にか、クラスの公式イジりネタと化してしまった。
真剣に書いているのに、わざと汚く書いている。そういう認識が広まり、いじる者や、ウチに対してイラつく者も現れた。
正直この時点で中々にメンタルはボロボロだったが、更に事件が起きた。
ある日、運動会に備え、学年ごとのダンス発表の練習をする事になった時、ウチは振り付けを覚えるのが早かったので、クラス全体を見て、出来てない人の名前を挙げるよう先生から伝えられた。
そのいじめっ子は明らかに出来ておらず、むしろひどい出来だった。
発表が終わった後、ウチは出来ていなかった子の名前を数名挙げた。その中にはいじめっ子の名前ももちろん含まれていた。
しかし、いじめっ子はそれに納得出来なかった。そしてその場でウチに殴りにかかった。
「何で俺がダメなんだよ!!ふざけんじゃねぇぞ!」
怯えながらも、どこからそんな自信が湧くのだろうと内心思っていた。
すぐに先生が止め、
「なら今この場でもう1度やってみろ!!」
と言うと、流石に分の悪さを感じたのか、すぐに引き下がった。
しかし、先生がいなくなれば話は変わる。
陰ながらのいじめが始まった。先生に報告しても、暴力以外はいじりという認識で、注意すらも無かった。
ノートや教科書への落書き、机がグチャグチャ、上履きが無いなんて事もしょっちゅうだった。
親に相談なんてしても無駄だとかつて悟ったウチは、誰にも相談しなかった。
そんな中、更に悲劇が訪れる。
ウチはある日、所属していた委員会の会議の出席を忘れていた事を途中で気付き、急いで教室へと向かった。
教室の扉を開けると、そこにはもう既に会議が始まっている皆の姿が。当然の光景だ。
すると、担当である、他クラスの男子教諭がウチを見て笑いながら言った。
「君は大物だねぇ」
ウチは数年後にこれは嫌味を言ったのだと知ることになるが、当時のウチは素直に受け取った。
「ホントですか?ありがとうございます!!」
大物という評価をされた事にウチは喜んだ。
すると先生は笑った。
「お前バカじゃねぇのww!!」
今思い返してみると、小学校の先生のセリフとは思えないぐらいのインパクトだが、当時は誰も触れもしない。
ウチが嫌味を勘違いして受け取っている事に先生から伝播し、皆も笑っているのだ。
何が何だか分からなかった。
次の日から、ウチはその先生からバカ呼ばわりされるようになった。軽いいじりという名のいじめが、先生公認になってしまったのだ。何たる事、訴状が何枚あっても足りやしない。
今まで先生がいる所に居れば済んでいたいじめも、済まなくなってきたのだ。ウチは学校に居場所が無くなった。
耐えきれなくなり、ウチは両親に学校に行きたくないと申し出た。いわゆる不登校というやつだ。
しかし、両親は許さなかった。
母親曰く、「逃げてしまうとそこから再起出来なくなる可能性がある。だからこそ学校には行け」と。
逃げる=マイナスとしか捉えられなかったのだろう。
父親曰く、「何クソと立ち向かう気持ちを持て。そうすればいつかいじめなんて止む」
頭が痛くなってきた …。3年経っても変わってなかった。父親はどうやらいじめられた事が無いらしい。
成績優秀でスポーツ万能、好奇心旺盛で、腕っぷしの強いやんちゃな少年だったという。いじめられる理由が見当たらない。
むしろそんな父親に同情を求めたウチが馬鹿だったかもしれない。
いじめられる人の気持ちなど考えた事も無いのだろう。反論する事さえも馬鹿馬鹿しくなってきた。
そんなんでいじめが止むのなら苦労しない。
この瞬間、ウチは居場所がなくなった。
絶望に堕ちる音がした。
ウチはどうにか懇願し、1日だけ休ませてもらった。
共働きから帰ってきた両親からは休んだ事は大きな罪であると説教された。
そもそも、休みを許されたのも、明日からどう行動するかを考えまとめ、発表するという約束のもと、許可されたものだ。
何故いじめられた上に親に説教されなければならないのだろう。
その時は適当に話し、その場を離れた。一生親に相談するものかと心に強く誓った。
次の日から強制的に学校に行かされた。
当たり前だがいじめは再開された。
そんな地獄に耐えながら数ヶ月。再び百人一首をやる機会が訪れた。
ウチは去年からの経験者。去年クラスによってはやっていない所もあったので、実力差はピンキリなんて言葉では効かないものだった。
ウチは圧倒的に強かった。クラス代表者にも選ばれ、クラス対抗戦も勝利した。
その時ウチはある事に気づいた。
百人一首をやる時だけ、ウチはいじめられない。
この部分だけは、先生もいじめっ子も、ウチに一目置いてる。
この瞬間、いじめてくるやつらは皆黙る。
ウチは察した。理解した。
「そうか…ウチは、ここにしか、居場所が無いんだ……」
ウチは、より百人一首に没頭するようになった。
もうウチの居場所は、ここしか無かった。
もうそれ以外何もいらなかった。
誰も、何も、いらない。
歪んだ文字、何故か見える色と形。そんな百人一首の中に、ウチはゆっくりと沈んでいった。
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