第4話 文字しか許されない世界でウチは出会う

ウチは小学4年生になった。今年は体育会系の男の先生になった。幼なじみもいないけど、代わりにいじめっ子もいなかった。


去年と変わらない感じで過ごして行くのかと思った矢先、ウチにとって運命の出会いが待っていた。


4月のある日、先生は「今日からうちのクラスはこれをやるぞ」と、買い物カゴに入ったいくつもの箱を出してきた。「五色百人一首」と書いてあった。


百人一首とは、上の句(五 七 五)から下の句(七 七)までが書かれた読み札を使い、下の句のみが書いてある取り札を取って、その数を競うゲームである。


これから毎週2日間、朝の時間にやると言い出したのだ。


正直、全くといって良いほど気が乗らなかった。ただでさえ文字を読むのがキツいのに、それを見つけて探し出すなど、地獄の沙汰のゲージが振り切っている。


そんなことを思いながら、先生の話を顔を挙げずに聞いていた。


先生は説明を続け、ある1つの歌を読んだ。


「きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに」


ウチは少し反応した。「きりぎりす」という虫の存在はどこかで聞いたことがあったからだ。


つい反射的に顔を上げて、先生の持っている取り札を見た。その時、ウチには信じられない風景が見えた。




先生の持っている札には




か し こ

も き ろ

ね ひ も

む と か

り た










そう文字がただ書いてある。それ以上でもそれ以下でも無いはずなのに、ウチは目の前に飛び込んできた光景に、思わず誰にも聞こえない声でつぶやいた。




















「水色のボールだ……」













どうしてなのか、ただ文字が並んでいるだけなのに、ウチにはその札の中には、水色の光を反射しない固めのゴムボールがあるように見えたのだ。


その後、お試しで触れる事が出来たので、近距離で札を見つめる。やっぱり広がってくるのは水色のボール。


あまりにも気になり、その札を覚えた。歌全てを暗唱出来るように。


後日、朝の時間に、隣の人と机を合わせ、対戦する事になった。


五色百人一首は、100枚を5色に分け、各色20枚ずつあり、前回はその内の1色を紹介したため、皆が習ったその色で行う。


「きりぎりす」は当然入っている。しかし、20枚ある中から探すのは至難の業…と思っていたが、意外にも、見つけたいその札は、すぐ目に飛び込んで来たのだった。


他の歌は全く分からない。下の句が読まれた所で探せない。その間に対戦相手にはバンバン取られる。そんな苦痛に耐えながら、憶えたあの札が読まれるのを待っていた。


そしてその瞬間がついに来た。


「きりぎりすー」


上の句の5文字が読まれただけ。だが、すぐにウチは手を伸ばした。他に「きりぎりす」で始まる歌が無いことは覚えていたからだ。


対戦相手は言葉通りに相手は目を丸くした。そしてこの時、自分は速く取れた快感を覚えるのだった。


文字という全てにコンプレックスを抱えていた自分が、文字しか書かれていない物の勝負で1枚だけではあるが勝利出来た。今までに無い喜びだった。


ウチは他の19枚も覚えたいと思った。もっと速く取りたい。他の札もあんな感じに取ってみたい。


恐らく、ウチはこの時初めて、学校で顔をキラキラさせたかもしれない。


家に帰り、母親に百人一首で1枚だけだが、速く取れた事を自慢した。母親は優しく「良かったね」と返してくれた。


後で母親から聞いた話だが、小学校に入って初めて、学校でのプラスの出来事を、自分から話してくれた瞬間だったらしい。

小4になってようやく、学校で「楽しい」と思えるものを見つけられたのだ。


母は書道の師範でもあった祖母に相談し、百人一首を一緒に勉強するよう言ってくれた。


祖母は、紙に歌を書き、1つずつ読んでくれた。隣に置いた札と重ね合わせ 、何度も確認した。


そこで勉強する中でウチは、他の札も、色や形がある事に気づいたのだ。


「これは水が流れてる…」

「これはヤツデみたいな大きな葉っぱ…」

「これは踏切ような形と模様をしている…」


札の個性を独自の感性で感じ取り、吸収していった。そして、上の句と結びつけるために、歌の暗唱も欠かさなかった。読めてないのに取れてたら、変に疑われないかという勝手な 心配もあった。


ウチの百人一首の腕前はみるみるうちに上達していった。札を見ると色や形が浮かぶ。そして、その色や形をしている歌の始まりは何なのか、取り札だけで判断出来た。


最初の上の句の5文字が読まれただけでほぼ全ての札が取れるようになっていた。


気が付けば、ウチはクラスでかなりの実力者となっていた。多少張り合うメンバーはいたが、ある日行われたトーナメントで、ウチは優勝したのだ。


今までの何よりも嬉しかった。逆に百人一首で負けた時は号泣していた。それぐらいウチは百人一首にハマっていた。


そんなウチを見て、クラスメイトのウチに対する評価や視線は、少しづつ変わっていった。


ウチの心は去年と比べて、明らかにほぐれていた。


4年生の時は本当に楽しかった。




4年生の時までは……。

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