獣になる【朗読用フリー台本】

江山菰

第1話

/*できる限りいやらしく読んでください*/


 私は彼の手を見ていた。

 彼は、私の視線を楽しんでいる。

 じらさないで。

 そう言おうと思ったけれど、淫らな音が私の奥から聞こえてきて、かすかに残った羞恥の思いに頬が熱くなる。

 そう、私は飢えている。

 欲しくて欲しくてたまらない。

 卑しげに糸を引いて流れ出そうで、さっきからきゅっと固く締めつけている。

 ひくひくするその感覚が、これから始まる悦びを待ち続けている。

 私はとうとう声を上げた。


「ねえ……まだなの?」


 声を出すと、奥に溢れそうなものが緩んで零れそうになる。

 彼は憎たらしいほどもったいぶって笑った。


「ふふっ……まだだよ」


 彼の濡れた指が、熱を持った白い柔らかさを弄んでいる。

 その動きが、私を昂ぶらせる。

 輝く靄を纏った、熱い部分。

 その匂いが、私の中にある獣性を呼び覚ます。

 ぐい、とこらえ性なく押し付けられた指を食いこませていた熱いものが、規則的なその手の動きに滑らかに馴染んでいく。

 彼は私に目を向けた。


「欲しい?」


「うん」


「でもその前に……」


 唇と舌で、指に僅かに纏わりついた白いものを啄む。

 その咽喉仏の動きが、この男の本能を思わせる。

 彼はうわずった声で、言った。


「ねえ、ここ……自分で開いて、中を見せてよ」


「うっ……」


「もっと楽しみたいだろ?」


 恥ずかしい。自分で広げて見せるなんて。

 そう思う自分を、私の中の獣が裏切っていく。

 私の手が、誰にも見せなかった秘めた扉を開き、拡げる。


「……見えないよ、奥までよく見えるように広げて」


「あっ……恥ずかしい……」


 肌に当るひんやりした空気の流れ。 

 男の貪欲な眼差しが、奥まで喰らい尽くす。見られたくなかった奥の奥まで。


「ふうん……君のここはこうなってるんだ」


「あ……あああ」


 彼はやにわに手を伸ばして中をいじりはじめた。

そのごつごつした手が何かを掴みだし、私は目を背けた。


「野沢菜……賞味期限切れてるね」


「っ……そんなに……見ないで」


「ちょっと酸味が出てるみたいだけど、大丈夫だね。美味しくなってるよ」


「やあっ……嗅がないでっ……恥ずかしい……」


「ふふっ……これなんか、いい感じのさつま揚げだ……軽く炙ったら……すごくイイよ」


「あっ……ああっ……」


さんざん中を引っ掻き回したあと、彼は黒ずんだ逞しいさつま揚げをグリルで炙りはじめた。

ちりちりと表面が焼け、悦楽の香りが漂ってくる。

ふと、彼は私に熱く滾ったモノを握らせてきた。


「……さあ、これをテーブルの上の鍋敷きに置いて」


「あっ……熱いっ」


「ほら、ふたを開けるよ……見てごらん……俺の豚汁だよ……箸がギンギンにたつくらい、具だくさんだ」


私は、彼のそれを見るのは初めてで、でもそれがどんな快楽をもたらすかははっきりわかる。

この熱さ、このボリューム。

そして、彼は私の目の前で音を立てて、プラスチックのパッケージを破った。

私たちをねばつく白いパッションから隔てる薄いモノが取り出される。

彼が言う。


「ねえ、これ……つけてくれないか」


「えっ」


「優しく、こうやって」


彼は磯の匂いがするそれを、白い塊に巻きつける。


「ほら、まだたくさんあるから手伝って……」


「だって……みんな同じように巻いたら……中身が……わかんなくなっちゃううっ……」


「大丈夫……わかんない方が楽しめるだろ……」


「待って……やだっ……三つ連続でメンタイコゥに当っちゃったりしたら、あたしイケないっ……鮭も、梅も、欲しいのっ」

 /*「メンタイコゥ」だけ、英語っぽく発音してください。特に意味はないのでどこにアクセントを置いてくださっても構いません*/


「この欲張りさんめ」


「そんな風に言わないで……」


「じゃあ、自分でやって」


 そんなところ、人に見せるのは恥ずかしかったけれど、私は黒い藻の膜を、丁寧に花びらの形に切って、生殖細胞の塊を包んだ白いものに張り付けた。


「かわいいね……そういうところ、嫌いじゃない」


 彼はそう言って、やにわに掴むと、口に含んだ。

 陶然としたその目つきで、彼が味わっている快楽を知る。

 待ちきれなかったのは私だけじゃなかった、と思うと、私も大きく口を開け、頬張った。


 それから私たちは、獣のようにテーブルの上にあるものを求めあい、貪りあった。

 他では味わえない、めくるめく悦楽の時。

 はしたない女だと言われようと、私はこの快楽に身を任せるひとときがないと生きていけない。

 一日に三度は欲しい。

 朝も昼も夜も構わない。

 体が疼いてしょうがない。この体を満たしてほしい衝動で、金を払って本能を満たしてしまうことだってある。

 彼もきっとそうだ。

 だから私たちはとても相性がいい。


 欲望が満たされた後、彼は言った。


「お愉しみはこれだけじゃないんだ……ほら」


 彼が眼差しで示すほうを見ると、そこには布団が敷かれている。

 私は快楽の余韻に浸りながら、こう呟いていた。


「だめ……今、そんなことしちゃ……早く片さないとお皿の汚れ、落ちにくくなっちゃう……」


「いいよ、俺がやっとくから」


「それに……だめ…………ご飯食べた後すぐ寝たら……私、牛になっちゃうっ! 四つん這いで、モウモウ鳴いちゃうっ」


 彼は天使のように優しく、悪魔のように甘く囁いた。


「……疲れが溜まってるんだろ? 顔に出てるぞ。とっとと牛になっちゃえよ」




おしまい

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