第12章3

 五限目終了のチャイムが鳴る。

「あっ、そろそろ」

「そういえば、怪我はもう大丈夫なの?」

 次に出る言葉を察して、姫守君の言葉を途中で遮る。

「え、ああうん。さっきも言ったけど痛みも、怪我の痕もほとんどないよ」

「へぇ、そうなんだ。…ねぇ、ちょっと確認させてもらってもいい?」

「えっ?」

 何かを察知したのか、距離を取ろうとする姫守君のシャツを素早く掴む。

「こら、逃げないの。チラッと見るだけだから」

 シャツのボタンに手を延ばす。姫守君の手がそれを阻もうとするが、気にせずボタンを外していく。

「あ、あの、やめ」

「大切な友達として心配なの。だからね、お願い」

 どうだ、思い知ったか!自分は普段から平然と言っている台詞でも、いざ自分が言われる立場になったら困るだろう!

「で、でも」

 案の定、大人しくなった姫守君のシャツのボタンを外し終えると、シャツの下から白い素肌が露わになる。

「わ~・・・コホンッ、ええっとどこかな?」

 シャツを捲り怪我の痕を探すが、それらしい傷痕は見当たらない。

「ねぇ、もういいでしょ?」

「だって、怪我の痕が見当たらないんだもん」

 身をよじって逃げようとする姫守君の腰をガッチリと両手で掴む。

「歌敷さん、くすぐったいよ」

「もうちょっとだけ」

 それにしても姫守君の肌は色白でとても繊細な肌をしていた。女性としては妬ましい気分にもなりそうだが、相手が姫守君なのでそんな気も起きない。

「うぅ、あう」

 ペタペタと脇やお腹をまさぐると、それに合わせて姫守君の甘美な喘ぎ声が聴こえてくる。そのなんとも背徳的な行為に没頭してしまいそうになっていると、突然後頭部に何か柔らかい物が当たる。足元に落ちたそれは袋に入ったメロンパンだった。

「そこまでよっ!この破廉恥魔‼」

 聞き慣れた罵声に振り返ると、委員長が鬼の形相でこちらを見上げていた。

「嫌な予感がして来てみれば、遂に本性を現したわね!この淫乱娘‼」

 委員長は勢いよく梯子を昇ると、呆気に取られている私の手から姫守君を奪い取る。

「私としたことが失念していたわ。井口裕子以外にも学校の風紀を乱す輩が、まさかこんな近くにいたなんて!」

「あ、あのね委員長、これには理由が」

「シャラップ!」

 なぜか英語で怒鳴られてしまう。

「幼気な子どもを一度ならず二度までも毒牙に掛けようなんて、もはや見過ごす事はできないわよ。観念して自首しなさい!」

 委員長は同年代の男子の頭を「よしよし」、と慰めるように撫でながら、とんでもない事を口走る。

「あの斉藤さん。歌敷さんも悪気があったわけじゃ」

「いいえ、あったわ!」

 姫守君の弁護も虚しく、委員長にキッパリと断言する。

「すいません、許してください。ほんの出来心だったんです」

 もうこうなれば恥も外聞もない。決死の泣き落としを試みる。

「あら、非を認めるのね。あなたにしては潔いじゃない。そうね、それならちょっとだけ減刑して、通報だけにしてあげる」

 え、減刑してそれなの?

「委員長、そこをなんとか~お願いじまずぅ~うぅ~」

 泣き落としのつもりが、涙は一向に出ない。どうやらさきほど流した分で品切れらしく、代わりに鼻水が出た。 

「ちょっと抱き着かないでよ⁈あ~、もう分かったわよ。今回までは見逃してあげる。でも、いい?今回は私が発見者だったから良かったものの、もし他の生徒が目撃していたら、大変な事になってたんだからね!」

「大変って…クラスで噂になっちゃうとか?」

「甘いわよ。私の予想では噂は瞬く間に学校中に広まるわ。あなたは学校中の女子から魔女裁判の如く一方的に刑を言い渡されて、火炙りの如く悲惨な末路を辿ることになるわ。そこであなたの学生ライフも終わり。あなたも見たでしょ、あの『福校外』での姫守君の人気を」

 はい、仰る通りでございます。

「反省してます」

「反省で済んだら裁判所はいらないのよ」

 委員長は額に手を当てながら、やれやれと溜息をつく。

 ちょうどその時、6限目開始のチャイムが鳴る。

「あっ、委員長チャイムだよ、授業。早く行かなきゃ」

 好機とばかりに委員長の腕を掴むと、校舎へと引き戻す。

「ちょっと引っ張らないでよ。まだ話し合いは終わってないでしょ」

「学生の本分は勉強だから急がなきゃ」

「あなた、さっき授業をズル休みしたばかりじゃないの!」

 気にせずそのまま委員長をずるずると引きずって行く。階段まで来ると、姫守君が着いてきていないことに気がつき振り返る。姫守君はまだ屋上にいた。穏やかな表情でこちらをみつめていた。

「姫守君、今度はいつ登校できそう?」

「週明けには登校するよ」

 すこしだけ間を置いてから姫守君は答える。

「約束だよ」

「うん、約束」

 視線が交わり、二人して笑顔になる。

「一緒に教室へは行かないの?」

「うん。姫守君、今日はリハビリがてら来たんだって」

「ああ、それで私服だったの」

 委員長は納得した様子で「なるほどね」と頷く。

「はあ~、はやく月曜になんないかな~」

 週明けが待ち遠しくて仕方がなかった。

「そんなの直ぐよ、直ぐ」

「うん」



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