第8章7

「どうしよう・・・ねえ、どうしよう?」

 狼狽えた様子の歌敷さんは、私と姫守君に交互に問いかける。

「気持ちはわかるけど落ち着きなさい」

 歌敷さんの手を引くと、強引に椅子に座らせる。

「斎藤さん。明後日って何かあるの?」

 問いかけるような瞳でこちらを見つめる姫守君。

「何か…」

 記憶を探ってみるが、ごくありふれた週の始まりの日という事くらいしか分からなかった。明日ではなく、わざわざ明後日と書いている以上、おそらく学校が関わってくるだろうという事は推察できた。

「おそらくだけど、学校を指してるんだとは思う」

「昨日みたいに学校にやって来るのかな?」

「かもしれないけど」

 メールの僅かな内容だけでは断言できなかった。

「警察に言おうか?」

 姫守君が心配そうなに訊ねてくる。

「そうね。ええ、それはもちろんだけど。ただ具体的な犯行予告とかじゃないから、どれくらいちゃんと対応してくれるか・・・」

 場合によっては、いたずらメールで片付けられてしまう恐れもあった。

「とりあえず、用心のため今晩は私の家に泊まりましょう。井口裕子のメールがブラフである可能性もあるから」

「でも…」

 如何にも、私の家に迷惑を掛けるのが心苦しいといった表情であった。

「気を遣う必要なんてないわよ。だって、これはもうあなただけの問題じゃないんだから」

「うん、ありがとう委員長」

 善は急げと席を立つと、釣られて二人もそれに倣った。



 時刻は5時頃。夏の太陽がようやく沈み始めていた。

 念の為、姫守君に周囲を確認してもらってから、家を出る。

 歌敷さんから拝借した手提げ鞄に歌敷兄のパソコンを詰め込み、肩に掛けると思いのほか紐が肩に食い込み、すこし痛かった。

 緊張した面持ちで我が家へ向かうが、道中不審な影は見当たらず、何事もなく到着する。

 玄関まで来たとここで姫守君とは別れる。さすがに二日続けて外泊というのは親御さんも心配されるだろうと、一度帰宅を勧めたところ、意外にもあっさりと了承してくれる。

「ホントに帰っちゃうの?」

 歌敷さんは、まるで今生の別れのように別れを惜しむ。というか、姫守君の袖を摘まんで引き止めていた。

「こらっ」

 未練たらしい手をチョップで払う。

「あイタっ」

「まったく。今日は、ううん、昨日からありがとうね姫守君」

不服そうな歌敷さんは無視して、姫守君にの感謝の気持ちを伝える。

「私も、本当にありがとう姫守君」

「気にしないで、二人の役に立てたなら僕はそれで満足だから」

 姫守君は歯の浮くような台詞を、恥ずかし気もなく言ってのける。これが姫守君の恐ろしいところだった。

「斎藤さんも、歌敷さんも、くれぐれも気を付けて」

「ええ、もちろんよ。姫守君もね」

「うん。それじゃまた来週」

「また来週。何かあったらすぐにお家の方に連絡するから」

「バイバイ、姫守君」

 姫守君は頷くと手を振り去っていく。

「行っちゃった・・・」

 歌敷さんは名残惜しそうに姫守君の後ろ姿を見つめながらポツリと呟く。

「さあ、早く中に入りましょう」

「うん」

 扉を開けると、目の前にエプロン姿の母さんが両手を広げて立っていた。

「おかえりなさ~い!皆、今日はゆっくりしていってね。って、あれ?」

 母さんはキョロキョロと辺りを見回す。

「悪いけど、姫守君なら帰ったわよ」

「えええーーーー!」

 馬鹿母の絶叫が周囲にこだまする。



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