第8章4
「ごめん・・・」
しばらく考え込んでいたが、なにも思い当たるものがなかったようで、歌敷さんは申し訳なさそうに答えた。
「いいのよ、気にしないで。こんなの判らなくて当然だもの」
さて、どうしたものか。ようやく一歩前進できたと思った矢先だというのに、次の一歩があまりにも遠く感じられた。
「お兄さんの好きな物とかってなんだろ?」
さきほどから画面を見つめたまま沈黙していた姫守君がぽつりと呟く。
「ん~、なんだろう。以前はよくお気に入りのアイドルの歌をヘッドフォンで聴いてたよ」
「どうしてヘッドフォンで聴いてたのに、あたたに分かるの?」
「お兄ちゃん、ノリノリで同じ歌詞をずっと歌ってたから。壁越しなのにすっごい聴こえてくるんだよ」
「…そう、それは災難だったわね」
「歌敷さん、そのアイドルの名前って判る?」
「それがさっぱり。歌番組はたまに見るけど、テレビでは聴いたことがないものばっかりで。あ、でも題名は分かんないけど歌詞なら判るよ。散々壁越しに聴かされたから!」
「それじゃあその歌詞を教えてくれる。私もアイドルには詳しくないけれど、歌詞が分かればそこから調べようもあるから」
「え、ここで?」
「当たり前でしょ。今必要なんだから」
「うぅ、それはそうなんだけど・・・」
急に歌敷さんはもじもじとし始める。
「あーもう、今は恥ずかしがってる場合じゃないでしょ!」
「わ、わかったよ。わかりました。やらせていただきます」
観念したようで了承すると、「んっん、あ~あ~」と、発声練習を始める。
「…あの、べつに歌わな」
「あなたの囀りに♬わたしはまどろむ~♪」
なぜか突然歌い始める。
「そっと手に触れて~私の腕のなかで羽を休める♪」
決して上手くはなかったが、熱中しているためか、妙に味がある歌声だった。
「あなたの~ちいさな鼓動が、わたしへと溶け込んでいく♬」
いつの間にやら、姫守君は体育座りで傾聴している。
「そしてあなたは堕ちてゆく~あなたの悲鳴だけが~わたしを癒す」
気のせいか、だんだん歌詞の雲行きが怪しくなってきているような。
「そして、あなたが土へと還るとき~♪その時、あなたの全ては私のもの♪」
アイドルの歌にしては歌詞がバイオレンスすぎはしないだろうか?
「わたしは輝きを放ち、実をつけ、華を咲かせる~♪」
歌敷さんが歌い終わると、姫守君はパチパチと拍手を贈る。
「どうだった?」
歌う前の不安げな表情は何処へやら、やり切ったと言わんばかりに晴れやか表情でこちらに感想を求めてくる。
「歌詞が難しかったけど、とても情熱的で想いの籠もった歌だったよ」
姫守君は興奮気味に感想を述べた。
「えへへ、ありがとう。じゃあ、よかったら二番も」
「いえ、もう結構よ。ええ本当に。じつに倒錯的で鬼気迫る歌だったわ」
歌敷さんのアンコールを遮ると、抽象的な感想でごまかす。
「そうかな?なんだか家族以外から褒められるのって照れ臭いね」
褒めてはいないのだけれど、あえて訂正はしないでおく。
スマホを取り出し、さきほど歌敷さんが熱唱していた不穏な歌詞を元に検索する。すぐに結果が画面にずらりと映し出されていく。
「ん~、なんだか余計な物まで引っ掛かってしまうわね・・・」
もう一度、今度は歌詞だけではなく、アイドルや歌といったワードを入力して調べなおすと、さきほどよりも幾分絞り込めた結果が表示される。
「あ、これから」
お目当てのものらしきアイドルユニットの名前が画面に映し出される。
「見つかったの、どれどれ?」
二人とも興味津々でスマホの画面を覗き込む。公式らしきそのサイトには『Rebel Angel』と記載されていた。
サイトを開くと、トップページにはゴシック風のドレス、いわゆるゴスロリ衣装をに、天使を模した黒い羽根を付けた四人の少女たちがそれぞれ挑発的な眼差しでポーズを取った画像が映し出された。
「ん~、これさっき見たような?」
「ええ、たしかそこの本棚で見たやつよ」
さきほど部屋を本棚を調べていた際に、本棚に何冊も並べられていた写真集の少女たちと、このサイトに映っている少女たちはよく似ていた。似ていたといっても、顔が、ではなく、黒い羽根などの衣装がそっくりだった。
「あ、この子は委員長にちょっと似てるね」
そう言うと、歌敷さんは画面の中の黒髪ショートの眼鏡の少女を指差した。
「あなた、髪型と眼鏡だけで選んだでしょ?」
「ち、違うよ。確かにそこも似てるけど、なんとなく冷たい雰囲気がね」
「今、冷たいって言ったわね」
「歌敷さん、それ褒め言葉になってないよ」
そんな事を話しつつ、少女たちのプロフィール欄を閲覧する。素人予想ではあるが、こういう場合は好きなメンバーの生年月日というのがお約束ではなかろうか。
「3月24日だから0324っと・・・」
手際よく4桁の数字を入力していくが一人目はハズレ。二人目、三人目と続けて入力するがこちらもハズレ。最後の四人目は祈るような気持ちで試してみたが、やはりハズレだった。
西暦や元号を加えた形でも入力してみたのだが、まるで当たる気配がない。
「あー、もう!なんなのよ!」
一進一退のどころか、足踏み状態の現状に、いいかげんイライラが限界にとしようとしていた。
「ねえ、悪いんだけどちょっとそこの本棚の何冊か取ってくれる?」
隣で画面を睨んでいた歌敷さんにお願いする。
「ほいほい」
表紙が全て黒と赤を基調とした写真集を歌敷さんは両手に抱えて来る。
適当に手に取りページを捲ってゆく。一体この写真の山から何を見つけ出せ
ば良いのか。そもそもこの中に答えがあるという保証すらなかった。
「うわっ・・・うひゃっ・・・」
隣からは、写真集を開いた歌敷さんの楽しそうな悲鳴が聴こえてくる。
やけに静かな姫守君は、生まれて初めてのスマホを興味深げに触れていた。
そうして時間だけは過ぎていく。興味もないアイドルの写真集との睨めっこ
にもいい加減に飽きてくる。どうやらそれは歌敷さんも同じようで、頻繁に欠
伸を噛み殺しながら、眠たげな眼でページを捲っている。
「ねぇ、斉藤さん」
「どうしたの?」
私のスマホを触っていた姫守君が小首を傾げて訊ねてくる。
「これなんだけど、この数字はどういう意味?」
「どれどれ?」
画面を覗き込んでみると、それはさきほど開いた『Rebel Angel』の公式ページのプロフィール項目だった。姫守君が指差す箇所に目をやると、そこにはB・W・Sと書かれたアルファベットの横にそれぞれ数字が羅列されていた。
「あ~えっと・・・これはね・・」
どう説明すべきなんだろう。年頃の男の子なら当然誰もが知っている事ではあったが、当たり前だが姫守君は知らない。こんなのは常識の範疇なので、恥ずかしがる事もないのだが、姫守君に説明するとなると途端に気恥ずかしくなる。
「どしたの?」
隣でうとうとしていた歌敷さんが顔をあげる。
「姫守君が教えて欲しいことがあるらしいから、あなた教えてあげて。私はこっちで忙しいから?」
パソコンのモニターをコツンと叩く。
「うん、わかった。で、どれどれ?」
姫守君が手に持っているスマホをしばし覗き込んでいた歌敷さんだったが、顔を上げると、ジト目でこちらを見つめてくる。
「な、なによ」
「委員長…」
「べ、べつにいいじゃない。減る物じゃないんだから」
「それ言ったら委員長だって一緒でしょ」
「私の場合は減るのよ。その…自尊心的な何かが…」
「あ、あの、別に言い辛いなら無理に言わなくてもいいよ。単に数字があったからちょっと気になっただけだから」
「…あっそうよ!そうだわ。たしかにこれも英数字の羅列よね!」
急いでパスワード画面を開くと、メンバー一人ずつのスリーサイズを順に打ち込んでゆく。一人目、二人目とハジかれてしまい、再び諦めムードに陥りかけるが、三人目の金髪の少女のサイズを打ち込んだ瞬間、あきらかに先ほどまでとは違う、わずかな間が発生する。時間にすれば1秒程度の間ではあったが、これが正解だと確信する。
「ビンゴよ、姫守君!」
自然と会心の笑みが零れる。
画面にはロゴやアルファベット、なにかのキャラをあしらったアイコンなどが画面狭しと大量に表示される。
「「おお~」」
二人から感嘆の声があがる。
「それで、それで、これからどうするの?」
歌敷さんの興奮気味な声が急かしてくる。
「焦る気持ちはわかるけど、すこし落ち着きなさい」
映画やドラマであれば、こういう場合のお約束といえばやはり履歴調査だろう。他人の秘密を覗き見るようで多少の罪悪感はあったが、そもそも当の持ち主に対しては怒り以外の感情は何も持ち合わせていなかったため、これも自業自得だと割り切る。
デスクトップのアイコンをクリックして、ブラウザ画面を開く。さらにクリックしていくと、履歴項目がズラリと表示される。
その履歴項目の中に、見慣れたサイト名を見つける。
「あれ、なんで?」
それは以前、歌敷さんに教えた学校の裏サイト『福校外』だった。
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