第8章5

「斎藤さん、何か見つけたの?」

「『福校外』?もしかして、うちの学校となにか関係があったり?」

「ええ。以前、歌敷さんには話したことがあったと思うけど、これがうちの学校の裏サイトよ」

 固唾を呑んで見守る二人に、画面を見つめたまま答える。

「裏サイト?」

「あ~、部活見学の時に話してたやつだね。あれ、でもここにあるってことは高校生

の頃、お兄ちゃんも利用してたんだね」

「いいえ、今も使ってるのよ」

 現にここ数日、『福校外』へのアクセス履歴はきちんと残されていた。

 クリックすると、見慣れたサイトのトップページが映し出される。ここでもアカウントとパスワードの入力を要求される。アカウントに関しては予め記憶されていたため、残りのパスワードだけを入力する。

 さきほどのパソコンの起動時と同じく、アイドルのスリーサイズを入力すると、あっさりと入れてしまう。どうやらよほどあの金髪少女がお気に入りのようだ。

「ここは何をする所なの?」

 姫守君から純粋で根本的な質問が飛んでくるが、答えに躊躇ってしまう。

「えっと、生徒たちが学校の色んな情報を交換する場所かな?」

 歌敷さんがソフトにぼかして答える。

「そんな良いものじゃないわ。日頃の鬱憤や嫉みを吐き出して、他人の陰口を書き込んで侮辱するだけの掃きだめのような所よ」

「そう・・・」

 あきらかに気持ちが落ち込んだ姫守君はポツリと返事をした。

 非難めいた歌敷さんの視線が刺さるが、こちらからとくに反論はせず無視する。

彼女の気持ちは痛いほどよく理解できたが、それでもここにいる以上、遅かれ早かれ知ってしまう。

「ねえ、委員長。これってどれくらいの人が利用しているの?」

「人数自体はそれほど多くないはずよ。連絡や愚痴を言うだけなら、今は便利なツールがいくらでもあるから。存在は知っていても、実際に利用している生徒は、おそらくだけど、全校生徒の二割ほどじゃないかしら?」

「それでも結構いるね」

「まァ、そうね」


 全校生徒の総数が三百五十人ほどなので、およそ100人に満たない程度の生徒が書き込んでいたり、中には閲覧だけしている者もいる。

「僕らのクラスにもいるのかな?」

「ええ、何人かは。主に井口さんとそのシンパたちね。ああ、ほらここ」

 クラス毎に存在するスレッドの中で、特に書き込み数の多いスレッドを指差す。『1年2組』、とタイトルの付いたスレッドは他よりもあきらかに書き込みの伸びが早かった。

「ホントだ。数字多っ⁉」

「随分伸びてるわね」

 昨日覗いた時よりも、さらに書き込みの数が増えていた。普段であれば一日の書き込みは十程度のものだったが、今日だけで五十近くまで増えていた。

「これ全部が…?」

 姫守君が恐る恐る訊ねてくる。

「いえ、そういうわけじゃないのよ。今はね」

『1年2組』を開くと、並列した文章の波が画面一杯に表示されていく。

「さすがね」

 普段であれば、書き込みの内容は歌敷さんへの誹謗中傷一辺倒であった『1年2組』の書き込むが、ここ2日は歌敷さんに代わり、姫守君の話題で持ち切りとなっいた。授業中や昼休みでの姫守君の様子を事細かに書かれたレポートや、彼への卑猥な妄想を恥ずかしげもなく書き込まれた物も多くあり、中には『姫守きゅん専用』のスレッドなるものへ誘導する書き込むもあった。

 彼の情報を仕入れようと、他クラスからの書き込みまで存こうして身近で接しているため考えもしないが、接する機会の少ない生徒や

他クラスの生徒からすれば、噂の転校生の情報は喉から手が出るほど手に入れたいはずだった。そういう意味では、昨日の部活見学の効果は抜群と言えた。

「あの、聞いてた話とだいぶ違うのですが、なにこれ?」

「そうね。抱きしめて耳元で甘く囁かれたいとか、お姫様抱っこされたいとか、壁ドンとか。その他諸々、ここに書き込まれてる内容のほとんどが今は姫守君に関してよ」

「・・・・」

状況が理解できない姫守君は隣で固まっていた。

 それも無理はなかった。数日前に出会ったばかりの女生徒たちが、あたかも自分と親密な関係であるかのように妄想を書き込み、さらには顔すら知らない生徒たちが自分の情報を嗅ぎまわっているのを、いきなり目の当たりにすればこうもなろう。

「これ・・・どうしたらいいの?」

 姫守君は根本的な質問をする。

「どうもしようがないわ。酷な言い方だけどね。今なにか行動を起こそうも

のなら、火に油を注ぐだけだから。しばらくは様子を見守りましょう」

「はあ」

「大丈夫だよ、私が言うのも変だけど、悪口を書かれてる訳じゃないから」

歌敷さんは姫守君を励ます様に語り掛ける。

「ところでさ、委員長」

「なに?」

「壁ドンってなに?」

「自分で調べて」


「ああ、これよ」

 指で示した箇所を歌敷さんと姫守君の二人が覗き込む。

 それは匿名の投稿者が投稿した歌敷舞子についての書き込みがあった。

 書き込まれた日付は昨日の夜十一時。歌敷舞子が二日続けて外泊して遊び呆いるといった内容だった。しかし、内容はそれにとどまらず、彼女への誹謗中傷が、所狭しと書き込まれてた。

「こうして改めて見ると、ストーカーというよりはただの私怨ね」

「うん。でも、どうしてこんなに私のこと・・・」

 予め口頭で伝えていたとはいえ、やはり自身で確認した歌敷さんの衝撃はかなりのものだった。身に憶えない悪意をここまで辛辣にぶつけられてはそれも仕方がなかった。

「歌敷さん」

 姫守君の手が歌敷さんの手に触れるのが横目に分かった。

「うん、大丈夫だよ。別に知らない人からどう言われても。私にはこうして心配してくれる友達が二人もいるんだから」

「私は委員長としてやってるだけよ」

 照れ臭くささもあったが、どこか素直に歌敷さんの気持ちを受け取れない自分がいて、歌敷さんの顔を見る事が出来なかった。

「わかってるよ」

 どうやらただの照れ隠しだと思われたようだ。


 慎重に最近の書き込みを辿っていると、大姫守君への書き込みの中に埋もれた、井口さんの書き込みを発見する。

「ほらこれ、井口さんよ。この『YOUYOU!』、がここでの彼女の名前」

 内容は概ね、昨日の五限目に起きた歌敷兄の襲来に関してで、当時の一年二組の様子が細かく記されていた。衆目の目に晒して歌敷さんの評判を落とそうとしている魂胆が見え見えだった。

「ホント、他人を落とす事に関しては、労力を惜しまないわね。あの女」

「そういえばさ・・・」

「なに?」

「どうして井口さんは私にばかり突っかかってくるんだろう?喧嘩したのはそうだけど、なにか気に障る事でもしたのかな、私?」

「知らなかったの?離婚してるのよ、彼女の両親」

 イジメの発端になった大喧嘩をしたのだから、てっきり知っているものだと思っていた。

「え、そうなの⁈」

「そう。それでクラス中を巻き込んで悲劇のヒロインを気取っていたら、さらに悲劇に見舞われたあなたが出てきてしまったでしょ。それが気に入らなかったのよ」

「は?」

「えっと、僕も意味が分からない」

 二人共、呆気にとられる。 

 確かににそうだろう。大きな不幸に見舞われた人を、不幸に見舞われた人が嫉妬して、さらに貶めようとするなんて、まともな思考では理解できない。

「だから『気取ってた』、て言ったの。井口さんは親の離婚を自分にとってそれほど不幸だとは思ってなかったのよ。ただ、それを利用して健気な自分をアピールしたかったのよ」

「そんな…私、そんな人と喧嘩してたの…馬鹿みたい」

 歌敷さんは悔いるように言葉を吐き出す。

「ごめんなさい。てっきり知ってるものだとばかり」

「だから、斎藤さんは歌敷さんを助けようと、こうして協力してくれてるんだね」

 なぜか目を輝かせた姫守君は言う。

「え?いや、その…」

「委員長…」

 まるで飼い主を慕う小動物のような視線がこちらに集まる。

「ま、まァ、その話はまた後にしましょう」

 視線から逃れるべく、再びパソコンへと向き直る。


 結局、歌敷兄がこの裏サイトを未だに利用していた理由はわからなかったが、おそらくは妹の動向を探ろうとして、匿名のストーカーの書き込みに踊らされてしまったのだろう。あきらめて『福校外』のサイトを閉じる。


 今度は、このパソコン宛てに送られたメールを漁ってみるが、大手サイトや聴いたこともない社名からの一斉送信されたメールばかりだった。しかもそれらはほとんどが未読のまま放置された物ばかりで、個人から送られてきた物は一切無かった。




 


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