第7章3

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 照明を消して、眠りにつく。

 しかし、なかなか寝付くことができない。

 何度か寝返りをうっていると、同じく寝付けない様子の委員長が話しかけてくる。


 「ねぇ、もう寝た?」

 「うん、寝た」

 「そう。じゃあ、ちょっとお話ししましょ」

 「…はい」

 軽い冗談のつもりだったが、あっさり流されてしまった。

 「私ね、校門前であなたと別れた後、教室で姫守君を待っていたんだけど、結局会えなかったのよ。それでそのまま歩いて帰る事にしたのよ」

 てっきり教室で合流したのだと思っていたが、どうやら違ったようだ。

「バス待たなかったの?」

「もう行ったあとだったの」

「そっか」


「ねぇ、もう寝た?」

 「うん、寝た」

 「そう。じゃあ、ちょっとお話ししましょ」

 「・・・はい」

 軽い冗談のつもりだったが、あっさり流されてしまった。

 「私ね、夕方頃、校門前であなたと別れた後、姫守君を教室で待っていたんだけど、結局会えなくてそのまま歩いて帰る事にしたのよ」

 てっきり教室で合流したのだと思っていたが、どうやら違ったようだ。

「バスを待たなかったの?」

「ちょうど行った後だったのよ」

「そっか」


 しばし無言の間が続くが、私はあえて言葉を挟まなかった。

「ちょうど、頂上の曲道に差し掛かった頃だった。脇の草むらからガサガサって物音がしたの。私、興味が湧いてきて草むらの中を覗き込んじゃったの…。そしたらアイツが現れたの」

 ふぅ、と息を吐き出すと委員長は続ける。

「ああいうのを背筋が凍るっていうのね。生まれて初めてだった…。あんなに人間が恐ろしいと思えたのは……」

 なにか言葉を掛けてあげたかったが、何も浮かんでこなかった。

「間の悪い事に人も車も通りかからなくて…それでも死に物狂いで走ったわ。走って転んで、なんとか逃げ延びようとした。…結局、追いつかれて捕まってしまったけど。あの時は本当にもう駄目だと諦めかけていたわ」

 委員長が話す恐ろしい体験に全身が強張る。

 なにより恐ろしかったのはそれを行ったのが、私の家族だということだった。


「そこで姫守君が助けてくれたの?」

「・・・ええ、そうよ」

 なんだかすこし歯切れの悪い物言いに聞こえる。

「違うの?」

「いいえ、違わないわ。違わないのだけど、ちょっと引っ掛かる事があって」

「引っ掛かる事?」

 委員長はすこし考えるように、間をおいてから話し始める。

「あの時、私、眼鏡を落としてしまっていたの。だから周りの状況は音でしか判らなくて、つまりほとんど把握出来ていなかったの」

「うん」

「体の自由を奪われて、声も満足に出せなくて。この世を呪いたくなるような、そんな絶望的な状況の中で私聴いたのよ。まるで獣のような獰猛な唸り声を…」

「唸り声?それってお兄ちゃんじゃなくて?」

「違うわ!絶対に。その声の主は私の眼の前を一瞬で駆け抜けていったの。私の上に馬乗りになったアイツを連れ去って」

 委員長の呼吸が次第に荒くなっていた。

「突然のことで、何が起きたのかさっぱりわからなかったわ。ただ遠くからアイツとその獣のような何かが争うような音だけは聴こえてきたの。しばらくして音が聴こえなくなって、こちらへ歩いてくる足音がしたわ。それが姫守君だった…」

 一気に話し終えると、乱れた呼吸を調えるために委員長は深呼吸する。

「その声の主って姫守君だったのかな?」

 委員長はしばらく天井を見つめたまま返事はなかった。

「わからない…」


「ごめんなさい。寝る前にこんな話に付き合わせてしまって。ただ、どうしても誰かに聞いて欲しかったのよ」

「気にしないで、私も委員長の話が聞けてよかった」

「そう?それならいいんだけど。じゃあ、そろそろ寝ましょうか」

「委員長」

「なに?」

「私もうとっくに寝てるんだけど」

「フフッ、はいはい」

 しばらくすると、委員長の穏やかな寝息が聴こえてくる。

 次第に睡魔が押し寄せる中、さきほどの委員長の話しがずっと頭に残っていた。

 委員長が話していた獣という言葉。

 私の記憶の中には、その言葉にピッタリと一致する思い当たる節があった。

 それはとてもやさしくて、とても力持ちで、とても綺麗な狼さんだった。







 









 


 


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