第6章4

「歌敷さん?ええ、もちろん知ってるわ。入学して間もなくご両親を亡くされた子よね?」

 散々悩んだ末、母さんには学校内で起きたことに関しては包み隠さず伝えることにした。。

 今日、学校で起きたことは、遅かれ早かれ保護者の耳にも入る。それなら下手に言い繕うよりはさっさと話してしまったほうが得策だし、これでも母さんは顔が広く、もし味方になってくれれば心強かった。

 ちなみに、怪我の事は適当にはぐらかすことにした。


「なるほど、それでその子のお兄さんが学校に苦情にきて、学校中が大騒動になっちゃったと…」

「そう。ただ、そのせいで日頃から仲の悪かった子たちとの関係が余計にこじれてちゃうし、学校での立場もかなり拙い状況なの」


 姫守君の方へ視線を移すと、姫守君はただ黙って成り行きを見守っていた。

 

「その時に喧嘩になって、止めに入ったら私まで怪我しちゃって」

 袖を捲り、擦り傷を負った腕を見せる。


「ふーん」

 普段から温厚が服を着ているような母さんなら、簡単に言い包められると思っていたが、どうやらその考えは甘かった。

 いつもの人の良さそうな顔つきはそのままだったが、その視線は射抜くように鋭く、まるでこちらの魂胆などお見通しと言わんばかりであった。

「わかったわ」

 内心ほっと息をつく。


「九狼くん、この娘が迷惑を掛けてしまってゴメンなさいね。それと助けてくれて本当にありがとう」

 母さんは姫守君に真っ直ぐ向き直ると、頭を下げて礼を述べた。


「いいえ、僕は迷惑を掛けられたなんて全くも思っていません。斎藤さんは自身の役目をきちんと果たしただけです。斎藤さんのいるクラスに編入できて良かったと僕は思っています」

 姫守君は母の視線を受け止めたまま、真っ直ぐに応えた。

 両親以外から好意を口に出して向けられたことなどなかったので、なんだかとてもくすぐったくて、お尻がむずむずした


「そうね。その点については私も娘を誇りに思っています」

姫守君の答えに満足したのか、機嫌を良くした母は私の頭を撫でようとしたので、それを素早く回避する。クラスメイトの前でそういうのほんと止めて欲しい。


 その様子を微笑ましく見つめていた母は椅子から立ち上がるとパンッ、と両手を叩いた。

「なるほど、あなた達の事情はよく判りました。つまりあなた達は歌敷さんのお兄さんを大人しくさせて、クラス内のいざこざも無くして、平穏な教室を取り戻したいってことでいいのね?」

 二人してうんうんと頷く。


「よし、そういうことなら愛する子どもたちのため、協力してあげるのが母の務めよね」

「今、愛する子どもたちって言った?たちってどういう意味?」

こちらからの質問には「些事よ!」と、一言で済まされてしまう。

「そうと決まれば、ここはフレッシュマダムズに任せなさい!」

「なにそれ?」

 聞き慣れない言葉に二人して眉をひそめる。あと語呂が非常に不快だった。

「ん~っとね、平たく言えば女子会かな」

「女子会?」

「子どもは知らないだろうけど、生徒のお母さんたち独自のネットワークが存在するのよ」

「それって単なるPTAでしょ?」

「学校を介してるわけじゃないから。あと女子会ね」

 なんでそこに拘るの?

 なんだかハイテンションで張り切っている母を見た姫守君から思わず笑みを

零れる。

 その光景が、ただただ恥ずかしかった。



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