第5章5
六時限目が終わると、担任の川崎先生が真っ青な顔をして入ってくる。
川崎先生は、まず五時限目からの騒動について、校舎内に不審者が侵入したからだと説明した。それを真に受ける生徒が、はたしてこのクラスいるのだろうか?
そして委員長の予想通り、放課後の部活動はすべて中止となり、生徒は一斉下校するようにとの事だった。
「先生。まだ姫守君が戻ってきてません」
生徒の一人が川崎先生に報告するが、しかし周りの生徒たちの誰一人、姫守君の行き先を知らなかった。
机には彼の鞄だけが残されていた。
「私、姫守君が戻ってくるまで教室で待ってます」
意気揚々と手を挙げた井口裕子が発言した。
(魂胆が見え見えなのよ、あのスケベ女)
川崎先生は井口裕子の申し出をあっさり却下すると、生徒たちにすぐに下校するように促す。
渋々といった様子で席を立つ井口裕子。それに釣られるようにして他の生徒たちも続々と教室から出て行く。
最後まで教室に残ったのは川崎先生と委員長、そして私だけだった。
「舞子さんのお兄さんはどうなったんですか?」
私が気になっていた事を委員長が代わりに訊ねてくれる。
「・・・それなんだけど」
川崎先生は言い辛そうに言葉を詰まらせる。その雰囲気に嫌な予感がしてくる。
「あの後、逃げちゃったのよ」
まるで、ペットが家から逃げ出したかのような調子で川崎先生は告げる。
「は?」
「え?」
あまりにも予想外な答えに私たちは揃って驚きの声を上げる。
「ごめんなさいね。警察に連絡した事を告げたら急に大人しくなったから、てっきり反省してくれたものだと思って。それでトイレに行きたいっていうから男性教諭が一人監視役で同行したのだけど、その時にうっかり逃げられてしまったの」
私も委員長も、互いに開いた口が塞がらなかった。
「あ、でも安心して。警察には事情をきちんと説明してあるから。周辺の視回りも強化してくれるそうだから、きっとすぐにお兄さんも見つかりますよ」
なんともお気楽な担任の言葉に、二人して心底呆れ返る。
「それじゃあ、歌敷さんはこれからどうすればいいんですか?」
「そうそう、校門の前に止まっているパトカーが家まで送ってくださるそうよ」
「・・・わかりました」
ここでこうして問答していても無意味だと悟ったのか、委員長はこちらに振り向くと、仕方ないという感じで頷きかける。それに答えるように席を立つと二人して無言で教室を出て行く。
予め事情を説明されていた警官は快く同乗に応じてくれた。パトカーに乗るなんて初めての経験だったが、悪い事をしたわけでもないのに、なぜか恥ずかしかった。
ついでに委員長も誘ってみたが、あっさり断られてしまう。
「委員長、今日はありがとう」
見送る委員長に今日のお礼を言う。できれば姫守君にもお礼を言いたかったのだけど、本当に何処に行ってしまったのだろう。
「鞄が置いてあるから、すこしだけ教室で待ってみるわ。事情も伝えておきたいし」
「うん、お願いします」
「念の為、家の中まで警察官に確認してもらうのよ。戸締りもきちんと鍵とチェーンは両方忘れないで。もし兄が帰ってきても絶対に開けちゃダメだからね。すぐに110番するのよ」
「うん、うん、わかった」
まるで、お母さんのように細々と確認する委員長を見ていると、なんだか本当のお母さんのように思えて、自然と笑みが零れそうになる。
「今、どうして笑ったの?」
「え、笑ってないよ?」
「いいえ、笑ったわ」
「笑ってないったら」
委員長はチョイチョイと手招きする。
「なに?」
車窓から少し顔を出すと、おでこにピシッとデコピンされてしまう。
「いった~」
「私に口答えするなんて十年早いわよ」
「同い年のくせにーー」
仕返しに窓から手を延ばすが、あっさり躱されてしまう。
「早く行きなさい。運転手さんも困ってるでしょ」
言われて振り返ってみると、運転席の警察官は声を押し殺して笑っていた。
「あ、すいません」
「いいえ、お気になさらず」
四十代くらいの男性の警官はおおらかに返事をした。
「それじゃあ、また明日?」
「…ええ、そうね。また…」
お互いに手を振る。
委員長は最後に何か言いかけた気がしたが、結局なにも言わなかった。
車はゆっくりと発車する。
「良いお友達だね」
「はい」
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