第4章4

 脱衣所で寝間着に着替えて部屋へと戻る。

 すると、机の上にさきほど部屋を出る時にはなかった物が目につく。

 それはお盆の上に乗せられた水の入ったガラス製のピッチャーとグラス、そして新しい湿布薬だった。


「ありがとう、姫守君」


 部屋には自分以外に誰もいなかったが、それでも感謝の言葉を口にした。

 できればお礼も兼ねて、おやすみの挨拶をしたかったが、肝心の姫守君の部屋が何処にあるのか分からない。人様の家を徘徊して探し回るわけにもいかず、夜も更けてきたので、たとえやましい気持ちがなくとも、今から男性の部屋へ行くのは躊躇われた。


「仕方ない。明日あらためてお礼を言おう」


 新しい湿布薬を背中や太ももに貼り付けると、コップに水を注ぎ水分補給をしてから、ふかふかのベッドの中へと潜り込む。ベッドに入った途端に温もりと安心感の両方に包まれて、なんとも幸せな心地に浸る。


「なんでこんなに安心できるんだろう」

 

 なにか大きな存在に守られているような、そんな感覚だった。きっとパパやママが生きていた頃は、この当たり前のような感覚に満たされていたのだと思う。


「ふあ~」


 布団に包まっていると、次第に眠気が押し寄せてくる。

 

「ああ、明日はどうしよう」


 流石に二日続けて姫守君のお家に泊めてもらうわけにはいかなかった。おそらくお願いすれば快く泊めてくれるだろうが、そこまで姫守君に甘えるわけにはいかなかった。結局、それでは問題の先延ばしでしかない。

 家に帰ったところで、唯一の家族である兄とは言葉を交わすどころか、顔すら碌に合わせていなかったが、それでも三日も続けて家に帰らないわけにはいかなかった。

 それに委員長が話していた事も気掛かりだった。私の行動を監視しているかもしれない人の存在。ここに留まれば姫守君の学校生活にまで迷惑が掛かるおそれもあった。


「やっぱり家に帰るべきなんだろうな・・・」


ゆっくりと意識を手放す。

意識が遠のく最中、何処かで狼の遠吠えが聴こえたような気がした。


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