第3章7

 その後は吹奏楽部、美術部、演劇部、新聞部と順に文化部の部室を巡っていくが、当然の如く姫守君が入室する度、歓声を上げる生徒たちから熱烈な歓迎を受け、その度に委員長の怒声が部室に響き渡った。

 

「ハア~、これが最後の文化部ね。えっと化学部・・・いえ、括弧してアナログゲーム同好会とあるわ」

 

 ノートの切れ端をカンペ代わりにしながら、疲れた顔の委員長は言う。

 

「「アナログゲーム?」」

 

 聞きなれない単語に二人して鸚鵡返しに訊ね返してしまう。

 

「おそらくトランプとかすごろくの事じゃないかしら」

「なるほど」


「ここよ」と案内された教室の扉の上には化学部の札が掲げられていた。

 どうやら化学部の部室を間借りしているらしく、中からは男子生徒たちの笑い声が廊下側にまで響いてきた。


「失礼するわね」


 扉を開けると、さきほどまで声を張り上げて盛り上がっていた男子生徒たちが、一瞬の内に静まり返り、一斉にこちらに振り向く。

 委員長の肩越しに部屋の中を覗き込むと、室内には五人の男子生徒たちが二つの机並べて、その周りを囲むようにして座っていた。テーブルの上にはなにやら長方形のすごろく盤のような物が敷かれており、その上にはサイコロといくつかの不気味な造形をしたフィギュアが置かれていた。


「わァ~」


一緒に覗き込んだ姫守君が謎の歓声をあげる。


「ごめんなさい…、ここは科学部の部室でいいのよね?」


 男子生徒たちは、互いに確認し合うように、きょろきょろと互いに目配せする。

 しばらくすると五人の中から丸々とした体型の男子生徒が立ち上がり、やや上擦った声で話し始める。


「そうだよ。ここが化学部。化学とか全然わかんないけど」


その男子生徒はへへッと片方の口の端を上げて笑う。


「でしょうね」委員長は部員たちに聴こえないように小声でボソッと呟く。


「私たちは部活動見学で寄せてもらったのだけど、見学させてもらっても構わない?」

「あっあー。ちょちょっと待って」


 その場で固まったまま座っていた男子生徒たちは、飛び上がるように席から立ち上がると、慌てて周囲の荷物をガサゴソと乱雑に片付け始める。

 部員たちが大急ぎでロッカーや掃除用具入れに鞄やら紙袋などを詰め込み終わと、ようやく部室内に通される。

 なぜか壁際に整列している部員たちを見ていると部活見学ではなく、抜き打ち検査をしているような気分になる。

 周囲の様子などまるで気にとめた様子のない姫守君は、部室へ通されると、さきほど部員たちが遊んでいた机に真っ先に近づいていき、置かれているゲームらしきものを目を輝かせながら興味深げに眺めていた。


「彼は今日から転校してきた姫守九狼君。それと同じクラスの歌敷舞子さん。二人とも見学希望です」

「彼?え、男なの⁈」

「マジか、男の娘だ・・・」


 部員たちは驚きつつも、好奇の視線を姫守君へと向ける。

 そして私はまるで相手にされていなかった。まあいいけど。


「すごく精巧な像ですね。これ全部皆さんが作られたんですか?」

「うん、ああいや、パーツは既製品だよ。僕らは組み立てて、それに塗装を加えただけ」


 姫守君に興味を持たれたのが余程嬉しかったようで、部員たちは我先にと姫守君の周りに集まり、早口でゲームの説明を始める。

 元々、この部に興味の薄かった私と委員長は壁際で姫守君と部員たちのやり取りを適当に見守る。途中、姫守君からゲームに誘われるが、やんわりと辞退する。


「なんだか子どもを見守る母親になったような気分ね」

 

 私の隣で委員長は満更でもない様子で言う。


「あの、すこしいいですか委員長…」

「なに?」

「どうして私を誘ってくれたんですか?」


 二人だけで話す機会を得た私は、先ほどから疑問に思っていた事を訊ねた。


「べつにきちんとした理由なんてないわ。ただのきまぐれよ」

「…そうですか。それでも嬉しかったです。ありがとうございます」

「勘違いしないように言っておくけど、私はあなたの味方になるつもりはないから。もちろん井口さんにもね」


 委員長はきっぱりと言い切る。


「・・・はい」

「元をただせば、あなたたち両方に非がある事だから。それでもすぐに折れてしまえば、ここまで拗らせることもなかったのよ」

 

 耳の痛い話だった。委員長の言う通り、たしかに非があろうが、なかろうが、さっさと下手に出ておけばここまで厄介になる事はなかったはずだ。


「ところであなた、この学校の裏サイトについて知ってる?」

「裏サイトですか?いいえ。携帯ないので」

「あ、そうなの。ごめんなさい。…まぁそういうのがあるのよ。気に入らない教師やクラスメイトの罵詈雑言を延々と書き綴るだけのくだらないサイトなんだけど」

「・・・・」


その説明で、次に委員長が喋る内容がなんとなく想像できてしまった。


「あなたの名前、ほぼ毎日挙がってるわよ」

「それたぶん井口さんですよね?」

「それともう一人。おそらくうちのクラスの誰かでしょうけど。その二人が頻繁に貴方を槍玉に挙げて盛り上がってるわ。あとは井口さんの取り巻きが何人かがそれに相槌を打ってる感じ」

「へぇ・・・」


 全く興味もなく、自分からあえて知りたいとも思わなかった。

 それにしても、見えないところでもそんな事をしていたとは、つくづく陰険な奴ら

だ。


「それですこし気になったのだけど、あなた昨日の夜何処かへ出掛けた?」

「えっ⁉」


一瞬、昨夜の屋上での出来事が頭を過ぎる。


「何か思い当たる節があるのね。じつはその事も書き込みにあったのよ。「家にも帰らずに夜遊びしてる○○」って感じで。さっき話したもう一人の方の書き込みよ。まるでストーカーよね」

「委員長はその書き込みをした人に心当たりとかは?」

「いいえ、残念ながらないわ」

「・・・そう・・ですか」

「まあ、しばらくは大人しくしてなさい。わざわざアイツらが喜ぶ餌を与えてやる必要なんてないんだから。もし本当に監視してるなら、そのうち向こうから尻尾を出すかもしれないしね」

「そうですね」

「さてと、それじゃあそろそろ行きましょうか」


 時計を確認した委員長が部員たちに終了を告げる。時計を見るとじき五時になろうかという時間だった。運動部の中には完全下校の六時ギリギリまで行う部も多かった

が、文化部は五時には帰宅するのが通例だった。姫守君とまだまだ遊び足りない様子で名残惜しそうにする部員たちに礼を述べて、三人は部室を後にする。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る