第3章6

 教室の手前まで来ると、姫守君には先に入室してもらい、私は後からこっそりと入室する。

 姫守君が教室へと入ると、途端に女子たちから安堵の声が上がる。どうやら昼休みに教室を抜けてから、ずっと迷子になっていたと思われていたようだ。

 「酷い子ども扱いだ」ポツリと呟く。

 たしかに見た目からは幼い印象しか受けないが、実際に接してみると随分と落ち着いていて、どこか大人っぽい雰囲気があった。



 放課後になると、クラスの体育部・文化部問わず部員たちが姫守君の元に詰め寄り、我先にと勧誘や見学を勧めてくる。

 昼休みの時から感じていた事ではあったが、どうも姫守君は押しに弱いようで、身を乗り出して勧誘してくる部活生たちにたじたじになっていた。

 どうやら数時間ともにしたクラスメイトたちも、その事実に気づいたようだ。陸上部員の男子は口から唾を飛ばしそうな勢いで熱弁を行い、演劇部の女子はどさくさに姫守君の手を握りながら持ち前の演技力で説得する。


「はいはい、皆そこまで。」


 餌に群がるアリを散らすように、クラス委員長の斉藤雪が集団の中に割って入る。

 

「姫守君の部活については、後々、本人に決めてもらう事にして、今日はいくつか見学してもらうことにします。そういうわけだから、みんなは早々に各々の部活に向かいなさい」

「ええ~、じゃあ誰が姫守君を案内するの?」

「それはもちろん、このクラスの委員長である私です」

コホンと、わざとらしく咳をすると臆面もなく委員長は告げた。

「なにそれズルい!」

「職権乱用だー!」

「どうして一人で仕切って決めちゃうんですか⁉」

「それは私が委員長だからです」

 

 反論など時間の無駄だと言わんばかりに断言すると、斉藤さんは眼鏡をクイッと上げる。

 ぐうの音も出ないクラスメイトたちだったが、それでも縋りつこうとする生徒たちに向けて「川崎先生から色々と案内するように頼まれてるのよ」と告げた。

 諦めたクラスメイトたちは、渋々といった様子で各々の部活動へと向う。

 生徒たちが教室から出ていくのを見送ると、あらためて斉藤さんは姫守君へと向き合う。


 「そういうわけだけど、姫守君はそれでいい?」

 

 委員長の手並みに感心した様子で姫守君はコクコクと頷く。

「良し、それじゃあ見学に向かう訳だけど・・・」

 そう言うと、委員長はなぜか今度は隣の席の私の方へと顔を向ける。

「あなたも見学へ行きたいの?」

「えっ・・あ・・?」

「如何にも興味ありげに耳をすませていたけど、あなたも部活動に興味があるんでしょ?違うの?」

 キョロキョロと辺りを見廻してみる。

「あなた以外に誰もいないでしょ、歌敷さん」

 たしかに、すでに教室には私と姫守君、そして委員長の三人しか残っていない。

「・・・その・・えっと」

「あなたの家庭の事情に口出しするつもりはないけど、そろそろなにか部活くらいチャレンジしてみるのも、悪くはないと思うのだけど?」


 驚いて委員長の顔を見つめ返す。その言葉になにかしらの意図があるのではと勘繰ったが、委員長の様子からはそんな嫌味な様子は感じられず、本当にただの親切心から出た言葉なのかもしれない。


「一緒に行こう?」


 悩む私を後押しするように、姫守君はやさしく誘う。

 こちらにやさしく笑みを浮かべる姫守君に釣られて、不器用ながらも笑みを笑みを

返すと、それを了承と受け取ったようで「それじゃあ行きましょう」と、委員長は先頭をきって教室を出て行く。それに続いて、私たちも委員長の後を追う。



 私たちは本校舎と隣接している第二校舎へと向かった。

 第二校舎には、家庭科室、工作室、調理室、図書室などが集まっており、そのためほとんどの文化部はこの第二校舎で活動していた。

 道中、委員長は学校案内を兼ねて姫守君に第二校舎にある施設を丁寧に説明していく。いかにも委員長らしい手慣れた感じだった。


「失礼します」


 委員長は挨拶を済ませると、先導して家庭科室へと入って行く。

 おしゃべりをしながら、編みぐるみや刺しゅう作りに励んでいた女生徒たちは、委員長の声に一斉に視線をこちらへと向けるが、その視線はすぐに委員長ではなく後から教室へ入ってきた姫守君へ向けられる。

 まるで芸能人が突然教室に現れたかのように、きゃあきゃあと嬌声をあげながら、手芸部員たちはこちらへ駆け寄ってくると姫守君を取り囲んでしまう。


「キミ、噂の転校生くんだよね」

「うわ~ホントだ。ホントにお人形さんみたい!」

「もしかしてウチの部に入ってくれるの?」

「入ってくれたら私キミにピッタリのお洋服縫うよ!もちろんドレスで‼」

 

 はたして今日一日で、あと何回この光景をみることになるのだろう。案内役ともう一人の見学者の事など、最初から眼中に入っていないかのように、女の園は姫守君をもみくちゃにしてしまう。


「貴方たち、いいかげんにしなさい‼」


 我らがクラスの委員長が女生徒たちを怒鳴りつける。

「私たちはここへ部活動見学のためにやってきました。ひと通りの部を観て回るつもりですので、早々にこの部の紹介をして頂けませんか?」


 委員長の怒声に大人しくなった手芸部員たちは、あっさりと姫守君を解放する。

 そして取り囲んでいた生徒たちの中から一回り背の高い女生徒が進み出る。

 それはさきほど「ドレス縫う」と言ってた女生徒だった。


「大変失礼しました。私が裁縫部と手芸部を兼任して部長を務めています、三年の森薫と言います。元々裁縫部は人数が少なく、手芸部と合併というか、合同という形で部活動に勤しんでいるわけです。見ての通り部員は女生徒たちしかいませんが、男子禁制というわけではなく、男子部員も大歓迎です」


 続いて、部長の森さんは部員一人一人を紹介してゆき、次に部で作成した作品をいくつか見せてくれた。様々な動物をカラフルな毛糸で象った指人形や、毛糸で編んだコースターやマフラーなどが飾られていた。


 さきほどのきゃあきゃあ騒いでいた時とは打って変わり、森部長は上級生らしく親切に一つ一つを丁寧に紹介していく。そして他の部員たちも明るく話しかけながら自分たちの作品を熱心に紹介してくれる。

「部活動で作成した物は、文化祭で展示したり、小物であれば販売したりもします。それを部費の足しにしているんです」

 家庭科室の案内をひと通り終えると、「せっかくだから」と、森部長から手招きされ、家庭科室奥にある準備室と札に書かれた部屋へと案内される。

 その部屋はカーテンで閉め切られているため薄暗く、使われなくなったミシンや裁縫箱などが置かれていた。その中でも一際私たちの目を引いたのは、部屋の中央に置かれた白い幕に覆われた人の背丈ほどもある何かだった。


「ほんとは文化祭の日しか飾らないんだけどね」


 部長は笑みを浮かべると、何かを覆う白い幕をゆっくりと捲る。すると、そこには学校には不釣り合いなほどの豪華な純白のドレスが飾られていた。

 

「「うわぁ」」

「きれい……」


 三人の口から思わず賞賛の声が漏れる。

 胸元にはレースの刺繍が施され、左肩には一輪の薔薇を模した飾りが付けられており、ウエスト部分から裾にかけては直線的にスカートが広がるようデザインがされていた。スカートの裾には可愛らしいレースが縫い付けられていたが、付いていない箇所もあり、どうやらまだ作成途中のようだった。

 まるで、童話の中のプリンセスがダンスパーティーで着るような衣装に、しばし目を奪われる。


「すごい、すごいですね。こんな綺麗なドレス初めて観ました」

 興奮した様子で、姫守君は部長に率直な感想を述べた。

「喜んでもらえて良かった。ちなみに、このドレスはね、元々私たちだけで作った物じゃないのよ」

「それは部員たちだけではないという事ですか?」

「ええ、正確には元部員よ。このドレスは私が一年の頃、この部に入った頃には既に制作が開始されていたの。先々代の部長の代からコツコツ制作されてきた物なのなのよ。ただ、物が物だけに中々進まなくてね。まあそれでもようやくここまでこぎ着けたんだけど…」


 森部長はそこで言い淀む。


「どうかしたんですか?」

「裁縫部の何人かは三年だから、なかなか時間と手間が取れなくてね。文化祭に間に合うかも、正直微妙な状況なのよ」

「なるほど」

「そんな!せっかくここまで出来てるのに、完成させなきゃ勿体ないですよ!あ、すいません。裁縫なんてできないのにエラそうなこと言ってしまって」


 部長に熱意に感化されて、つい熱くなってしまう。


「ううん、気にしないで。完成品を見たいって言ってもらえるのは励みにもなるし、素直に嬉しいのよ」

 

 森部長はニコッと男前な笑顔を見せる。


「だから、この際仮縫いで済ませて展示しちゃおうかって考えてたの」

「それだと駄目なんですか?」

「ん~、やっぱり作品を完成させたい気持ちはあるのよ。ただ誰も着ないドレスを完成させるために、文化祭に間に合わないじゃ本末転倒でしょ」

「このドレスを着た人はいないんですか?」


 私も気になっていた事を委員長が訊ねる。


「いやいやいや、無理無理。わたしが土台じゃドレスが可哀想だよ。その前に破けちゃうかもしれないけどね。毎年準備室から引っ張り出してきて飾るだけ」


「アハハ」と森部長は笑う。

 ドレスが可哀想だとは思わなかったが、たしかにこれだけ見事なドレスとなると、見た目もスタイルも両方良くなければ着こなすことはできないだろう。


 最後に、森部長は「誰か着てくれる人がいればね」と言い、純白のドレスに白い幕を掛けなおす。

 その時、ドレスを熱心に見ていた姫守君は気づいていなかったが、森部長の視線がずっと姫守君に向けられていたのを私は見逃さなかった。


 その後、部室の皆さんに礼を言い、私たちは家庭科室を後にする。


「文化祭かぁ、すごく楽しみだね」

「ああ、うん、そうだね」


 知らぬが仏。














 













 





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