第3章2
そうこうしている内に、予鈴のチャイムが校内に鳴り響いた。
立ち話をしていた生徒たちも、ぞろぞろと自分たちの席へと戻っていくが、まだまだ話足りないのか、席に着いた後も、周りの者同士でおしゃべりを再開した。
一見、普段と変わらない、いつもの日常の光景のようであった。
「・・・なんだろ?」
なんだかちょっと教室内の空気が変な雰囲気だった。
窓辺で外の景色を眺めて素知らぬふりをしていたが、どうもクラス全体がいつもよりざわついているように思えた。
今日はなにか特別な行事でもあったかと記憶を思い返してみたが、特に思い当たるようなものもない。
おそらくは自分には関係のない事なのだろう。
早々に興味を失い、ふたたび窓の外を眺めていると、女生徒たちの話し声の中から
不意に「転校生」という言葉が耳に飛び込んでくる。
なるほど、退屈な日常に飽きて、新しい話題に飢えている学生たちにとって、転校生というのは恰好の話題だった。予鈴も鳴り、じきに担任の川崎先生がやって来るというのに、生徒たちのおしゃべりは静かになるどころか、ますますヒートアップしていった。
周りの生徒の声に耳をすませていると、どうやらその転校生が担任の川崎先生と職員室で一緒にいるところを、他クラスの生徒が偶然目撃したらしく、そこからは、あっという間に噂が学年中に広まったらしい。
川崎先生というのは教師歴30年の定年間近の女性教師で、このクラスの担任である。
「川崎先生と一緒だったってことは、うちのクラスに来るって事だよね?」
「うんうん、きっとそうだよ!あーめっちゃドキドキする!」
「直接見た生徒の話だと、そうとう可愛いかったらしいぞ」
「マジで?」
「しかもめちゃ綺麗な髪だったらしいよ」
「そうそう、なんでもキラキラした銀髪だったんだって」
「え、銀髪⁈ってことは…外人?」
「う~ん、まあそうなんじゃない?わかんねえけど」
綺麗な銀髪。昨夜出会ったあの銀毛の野良犬君の姿が脳裏に浮かぶ。
始めは興味なんてなかったが、ここまで周りの生徒たちがベタ褒めするくらいだから、余程の美人なのかもしれない。周囲の興奮に感化されて、次第にこっちまで興味が湧いてくる。
ガラッ、と教室の扉が開く音と同時に、生徒たちの期待と興奮の入り混じった視が、扉の先へと注がれた。
しかし、教室に入ってきたのはクラス担任の川崎先生であったため、生徒たちの表情は途端に落胆へと変わり、溜息や愚痴を零す声が方々であがる。
気の早い生徒が一人、早朝の職員室での出来事について、質問を投げ掛けるが川崎先生はそれを無視して教壇に立つと、なにやら勿体ぶった口調で話し始める。
「静かに、静かに。えー今日は皆さんに大切なお知らせがあります」
担任がそう告げた途端、生徒たちのざわめき声が一瞬でピタリと止んだ。
「もう知っている子もいるでしょうが、今日、我が校に新しい生徒さんが入学されました。そしてその新しい生徒さんは、このクラスの新しい仲間になります」
担任の言葉に歓声が上げるクラスメイトたち。
なぜそこまで盛り上がれるのか不思議だったが、担任の川崎先生までいつもよりテンションが高いのはどうしてだろう。
「どうぞ、はいっていらっしゃい」
まるでテレビ番組の司会者のようなポーズで合図を送ると、再び扉が開き、
固唾を呑む生徒たちが見守る中、噂の転校生が入室する。
瞬間、時間が止まったように教室中が静寂に包まれた。
最初に生徒たちの目に飛び込んできたのは、宝石のようにキラキラと輝く銀髪だった。目元がすこし隠れるくらいの銀髪のショートヘア、僅かにカールした髪は綺麗に毛先が纏められていた。歩くたびに波間のようにゆったりと揺れる髪に、生徒たちの目は釘付けになり、女生徒たちのなかには感嘆の吐息を漏らす者もいた。
体躯は小柄で、まるで子供向けのモデル雑誌から飛び出してきたかのような細身の体形で、夏場だというのに、我が校のブレザーを見事に着こなしていた。
教壇の前までくると、生徒たちの方へ向き直る。正面を向くと、そこには神秘的な碧い双眸が生徒たちの視線と交差する。碧い瞳の奥には夜空の星々のような、淡く幻想的な輝きを放っていた。
調った顔立ちはどちらかと言えば、美人というより、少女や少年のような中性的な面影があった。如何にも庇護欲を駆り立てられそうな容姿だった。
「かわいい…」
ぽつりと、男子の一人が呟いたが、誰もその言葉を茶化す者はいなかった。
我関せずと窓辺に顔を向けていた私だったが、チラリと転校生へ視線を向けただけで、視線を逸らすことが出来なくなってしまう。それは他のクラスメイトたちも同様であった。
僅かな間の静寂が終わると、今度はきゃあきゃあと教室中が歓喜のお祭り状態になる。
女生徒たちは喜びの悲鳴を上げスマホで撮影を始め、男子生徒たちは食い入るように見入っている者、喜びのおたけびを上げる者など様々だった。
川崎先生が静かにするよう注意するが、生徒たちの耳にはまるで届いていなかった。
「あァっ!?」
そんな大騒ぎの中、教室の最前列に座る男子生徒が驚愕の叫び声を上げる。
その声に、我に返った生徒たちの多くが、ある異変に気が付いた。
それは、この新しいクラスメイトが入室した段階で気づけていたはずの事であ
ったが、転校生の人並外れた容姿のため、誰もその異変に目が行かず、気付けずにいた。
我に返った生徒たちが目にしたのは、転校生の着ている制服・・・の下だった。
その類まれは容姿から、てっきり女生徒だと思われていた転校生だったが、下に履いていたのはスカートではなく、なんとズボンだった。
((男!?))
さきほどとは違う意味で、驚愕の表情で固まってしまクラスメイトたち。
「・・・・・・?」
当の転校生は教壇の隣に起立したまま、教室内の生徒たちのなにやら只ならぬ雰囲気を感じ取ったようで、どうしたものかとその場でキョトンとした表情で小首を傾げる。
あ、今のしぐさ子犬みたいで可愛い。
転校生の何気ない仕草に、昨夜の野良犬君を彷彿して、しばし目を奪われていと、たまたま周囲を見渡していた転校生と不意に目が合ってしまう。
「あっ…」
その瞬間、まるで心臓が破裂してしまうのではと思うほど、心臓が大きな鼓動を打ちつ。突然の事に、顔がみるみる紅潮していくのが、自分でもはっきりとわかった。
あまりの恥ずかしさと動揺に、転校生の視線から逃げるように机に突っ伏してしまう。
知らなかった。私って、こんなにも面食いだったなんて…。
「ええっと、それでは自己紹介をお願いします。」
教室内の雰囲気に、業を煮やした川崎先生が、転校生に助け船を出す。
「はい」
周囲の反応に気圧されながらも、そんなクラスメイトたちに興味津々といった様子で眺めていた転校生は、担任の言葉に小声で返事を返すと、背筋を伸ばして、あらためてクラスメイトたちに向き直る。
「はじめまして」
その声はまだ変声期を迎えていない中性的で柔らかな声だった。
「本日より、この学校に転校してきました。姫守九狼と申します。まだ右も左も分からない若輩者ですが、ご指導のほどよろしくお願いします」
高校生にしてはやや堅苦しい挨拶を終えると、ペコリと一礼する。
あれ、それだけ?
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