星に触れる

 雲がふわふわと青空に浮いている。心地よいそよ風が、雄太の髪を、ふわりと揺らした。


 ウッドデッキの上に、キャンピングチェアが一つだけある。雄太は、そこに深々と座って寛いでいた。


 ここは、陽当りが良くて気持ちいい。


 床に置かれたスピーカーからは、シナトラの曲が流れている。


 いつまでも色あせないな——と茫洋に考える雄太。だらだらと過ごすとき、彼の曲は最高のBGMである。


 スピーカーから溢れ出す音色に陶然としていると、彩香が玄関口のほうからやってきた。


 その足取りは若干の重さをはらんでいる。


(……どうしたんだ?)


 彩香が家に来るとき、彼女の行動は二通りに分かれる。楽しそうに駆け寄ってくるか、庭の生き物を見ながら、ゆっくりと近づいて来るかのどちらかだ。


 しかし、今日はいつもと違った。


 地面を見つめて、とぼとぼと歩く彩香。その表情は悲しそうだった。


 立ち上がって、彼女の元へ向かう。


「どうしたんだよ。なにかあったのか?」


「あーちゃんが……」


 彩香は、顔を上げると、泣きそうな目で雄太を見つめた。


「あーちゃんがね、来週転校しちゃうの」


 あーちゃんというのは、彩香の親友だ。面識はないが、度々、彼女のことは聞いている。


 ——やさしくてね、いろんなこと教えてくれるの!


 彩香は、あーちゃんのことを、いつも楽しそうに話していた。


 彼女の瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。


 雄太は、泣き止まない彩香の頭を、優しくなでることしかできなかった。


***************


 それから数日後。


「ゆーたー、これなーに?」


 ウッドデッキに取り付けられた、ひも状の物体を指さす彩香。ひもには、ガラスでできた球体が、いくつもくっついている。


 彼女の顔には、少しだけ笑顔が戻っていたが、依然として陰影を含んでいた。


「後で教えてやるよ。」


 雄太は、彩香を見やると、ニヤリと笑った。


 ——まっ、夜のお楽しみさ。


 それから、しばらくの時間が経過し、日が沈んだ頃。


 ベッドの上で漫画を読む彩香。


(……そろそろかな)


 雄太は、彼女の手を引き、ウッドデッキに向かった。


「ゆーたー、どこ行くの?」


「こっち、こっち。ああ、ついてるといいな」


 ウッドデッキへとつながる窓に着く。


「わあ」


 そこには、星のように輝く、オレンジ色の灯りが点々と広がっていた。


 淡い光と闇夜があいまって、美しく、幻想的である。


「曇っているけど、ついたな。どうだ、星みたいで綺麗だろう」


 あどけなく笑う雄太。


 彩香は、目を爛々と輝かせて、ウッドデッキを囲う、小さな星々を眺めていた。


「遠くにある星も、こうすれば触れるんだ。——今日みたいに曇っていてもな」


 ウッドデッキに出て、ソーラーライトの電球に触れる。


「……また、会えるさ」


 優しく微笑む雄太。


 彩香は、雄太の横顔をぼんやりと見つめて、こくりと頷いた。


 ウッドデッキに輝く淡い光は、いつまでも夜の闇を灯し続けた。

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