森の巨人
空に雲が浮かぶ、穏やか日。
彩香は池の前に立っていた。池にはめだか達が、餌を求めて水面に浮かんできている。
「おおー」
まじまじと見つめる彩香。めだかが活発に餌を取りに来る光景は、いつ見ても面白い。
そういえば、と彩香は思い出した。
「蚊が増えてきたし、あんまり餌をやるなよ」
そんなことを、この前、雄太が言っていた。
その雄太はといえば、キャンピングチェアに座って、ウッドデッキの上で、すうすうと眠っている。手元には分厚い本が置かれていた。読みながら眠ってしまったのだろう。
彩香は裏庭の物置に向かうと、自分の体と同じくらいの大きさのキャンピングチェアを取り出して、雄太の元へとそれを運んだ。意外と軽い。
彼女はキャンピングチェアを抱きかかえ、静かにウッドデッキに上がった。雄太の隣にそれを置き、ぼすっと深く座った。
日は出ているが、そよ風が吹いていて心地よい。
隣から雄太の息遣いが聞こえてくる。無警戒で、普段より少しだけ無邪気な寝顔をしていた。
裏庭の木々がこすれ合う音が、囁き声のように聞こえてきた。
彩香は、裏庭の向こう側に見える雑木林をぼーっと見つめた。
裏庭の向こうには畑が広がり、その奥には高木が集う大きな雑木林があった。
この土地に来たばかりの頃、彼女はそれを見るのが怖かった。
雑木林のかたまりが、一匹の大きな化け物に見えたのだ。
「蛇? ああ、確かにそう見えなくもないな」
随分と前、彼女が雄太にそのことを相談した時のこと。
「俺には巨人に見えたんだけどな。ほら、あの木とか人っぽいだろ」
笑いながら指をさす雄太。
「あれが、この森の守り神さ。たぶんだけどな」
「巨人さん?」
「そうそう。この森を守るために戦うんだ。絶対強いぜ」
雄太は腕を振りながら、子供っぽく笑っていた。
「でも、もしかしたら合体して蛇になるのかもな。森の
彩香は、楽しそうに話す雄太を見ながら、巨人さん、巨人さん、と何度も呟いた。
あれから、雑木林は変わらずに存在している。
時折、風に揺れて、上に止まっている烏たちが、空に飛んで行った
雄太が、うーんと伸びをしながら目を覚ました。大きなあくびをして、彩香のほうを見やる。
「よう」
微笑を浮かべ、彩香の頭に優しく手を乗せる。
「ああ、痒い。蚊がいるな。中入ろうぜ」
立ち上がって、ぽりぽりと腕を掻く雄太。
彩香は、小さく、うん、とうなずくと、立ち上がって、雄太と一緒に家の中に入ろうとした。
入る前に一度振り向く。相変わらず雑木林が、風に揺れている。
「巨人さん、バイバイ」
彩香は小さく手を振り、家の中に入っていった。
雑木林は、小さな少女を見守るように揺れていた。
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