バスケットゴール

 宙を舞ったボールが、ふわりとネットを揺らした。


 足が地面につく。右手はまだ上がったままだ。


「うひゃー! すごいよ、ゆっちゃん。アイバーソンだよ!」


 着地した衝撃を抑えきれず、数歩歩く。振り向くと、ボールがコンクリートの地面を弾んでいた。


「バーカ、気分はハーデンさ」


 雄太はニヤリと笑うと、目の前で口を開けて驚いている友人、三好友香みよしゆかのほうへ歩み寄った。


 ボールを拾い、彼女に渡す。


「まだまだ、動けるもんだな」


「ちぇー、こんなことなら、私も少しは練習しとけばよかった!」


 友香は手にしたボールを、三メートルほど離れたリングに向かって投げた。ボールはリングに当たりもせずに、手前に落ちた。


「ありゃー」


 友香は、苦笑しながら、両手首をぱたぱたと振っている。


 ここは、雄太の家の庭に置かれたバスケットゴール前。


 ゴールは、五年前、彼がまだ高校生の時に買ったもので、いたるところに劣化の痕が見られた。すでにボードがなく、リングのペンキも剥げている。


 雄太は、たまに、ここでバスケの練習をしていた。といっても、誰かに勝つためなどではなく、なんとなくシュートを打ち続ける、そんな趣味とは呼べない、暇つぶしのようなものだった。


 目の前でドリブルを突いている友香を眺める。彼女は、ボールを膝に通すので必死だった。


「それにしても、お前、下手になったな」


「ゆっちゃん、酷い!」


 それから暫くの間、二人はシュートを打ち合うと、ふと、友香は携帯を見て、声を上げた。


「うっわー、バイトの時間だ! そろそろ、行かなくちゃ」


 そそくさと、荷物を取りに走る友香。雄太はボールを片手に持つと、彼女のほうを眺めた


「また来るね、ゆっちゃん」


「ああ」


 友香は、大き目のリュックを背負うと、駆け足で庭の入り口に向かっていった。一度振り返り、屈託もなく笑うと、手を振った。


「またねー!」


「友香、ありがとな」


 雄太は、口に手を当てて、友人に呼びかけた。


「感謝されることなんて、何もしてないぜい」


 友香はいたずらっぽく笑うと、ひらひらと手を振りながら、走り去っていった。


***************


「どおー、ゆーたー」


 家の中。彩香が、心配そうに見下ろしている。


 友香が帰ってから三十分後。雄太は、ベッドの上でうつ伏せになっていた。彼の上には、今しがた家にやって来た彩香が立っている。


「少し下の方も頼む」


 彩香は、「よいしょ、よいしょ」と言いながら、その小さな足で雄太の腰を踏みつける。


「これは、明日は筋肉痛だなあ。あ、そこ、もう少し強めで頼む」


「ゆーたー、お父さん見たいー」


「俺、まだ21なんだけど」


 開かれた窓から、心地よい風が部屋に入ってくる。


 バスケットゴールの上を、雲がゆったりと流れていった。

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