雨の日

「ぴっちぴっちー、ちゃっぷちゃっぷー」


 ある日の、雨が降り続ける夕暮れ時、彩香は狭い道路を歩いていた。カラフルな水玉模様の傘を揺らし、高い声で歌を歌っている。


「あっ、カエルさん」


 彼女は、道端でひっそりと座っているカエルを見つけると、そっと近づいた。


「こんにちは」


 しゃがんで顔を傾ける彩香。しかし、カエルは驚いたのか跳んで逃げてしまった。


 彩香は、少し寂しそうにその背中を見守ると、再び歌いながら歩みだした。


 少し経つと、交差点の前まで来た。ここは道が広くなり、車の通りも多くなる。


「みぎーひだりー、もういっかいみぎー」


 大袈裟に首を振って、確認する彩香。彼女は走っている車がいないことを確認すると、たたたっと走って横断歩道を渡った。


 しばらくして、彼女は歩きながら、道路に面した塀に一匹のナメクジがゆっくりと這っているのを見つけた。


「おおー」


 それをまじまじと見つめる彩香。


 ナメクジは時折、顔を空中に伸ばし、引っ込めてはまたゆっくりと進んでいく。


 彩香は、目を爛々と輝かせ、飽きるまでナメクジを眺めていた。


 十分ほどたって、顔を上げると、彼女は、今まで向かっていた方へゆっくりと歩き出した。数歩歩くと、振り返って、「ナメクジさん、またねー」と笑顔で手を振り、また歩き出す。


 そうこうしているうちに、彩香は目的地に着いた。


 大きな庭の中に道があり、それが彼女の立っている道路まで続いている。


 彼女はそれを足早に進んでいく。左右の庭は管理が行き届いており、色んな花が植えてある。何か所か水たまりができていた。


 道は玄関まで続いていたが、彼女はそれを通り過ぎ、裏庭に回った。ウッドデッキが見えてくる。いつも置いてあるキャンピングチェアが、今日はない。ウッドデッキにはドアのように大きな窓が、隣接していた。窓から暖色系の明かりが漏れている。


 彩香はウッドデッキに上がると、家の中をそーっと覗いた。


 雄太がいた。


 彼は、何やら難しそうな顔をして、パソコンと向かい合っていた。時折頭を掻きながら、あーでもない、こーでもないと呟く。


 彩香は、雄太に声を掛けずに、静かにじーっと彼を見つめていた。


 そのうち雄太が窓に目をやり、彩香と目が合った。


「なにやってんだよ。中に入れよ」


「ゆーたー、お仕事中?」


 まあな、と雄太は呟くと、彼は先程まで作業していたノートパソコンを閉じ、ゆっくりと伸びをした。


 彩香は靴を脱ぎ、それを持って家の中に入った。小走りで玄関に向かい、戻ってくる。


「雨の日は、外で煙草が吸えないから嫌いだぜ。まったく嫌な天気だよなあ」


「彩香は好きだよ?」


 彩香は屈託もなく笑いながら雄太に言った。


「今日ね、カエルさんに会ったの! ぴょんぴょん跳ぶんだ! あと、えっと、ナメクジさんもいたの! 大きかった!」


 楽しそうに話す彩香を見て、雄太は吹きだした。


 いきなり笑いだした雄太を、彩香は不思議そうに見る。


「そっか、そうだよな。部屋にこもってたから、気づかなかった。他には、どんなのがいたんだ?」


「えっとねー」


 窓の外では、カエルがウッドデッキに飛び乗り、ゲコゲコと鳴いていた。

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