アイスコーヒー
ある土曜日の朝、雄太は、キャンピングチェアに座って、煙草を蒸かしていた。
太陽が、ウッドデッキに降り注ぐ。その床には、コンパクトサイズのスピーカーが、シナトラの曲を流していた。
雄太が、ぼーっと庭を見つめていると、一匹の黒い蝶が、木立の隙間から庭に迷い込んできた。目の前を優雅に飛ぶ、真っ黒な蝶。雄太はそれを目で追いながら、「でかいな」と呟き、口に含んだ煙をふうーっと吐いた。
しばらくして、玄関のほうから彩香がやってきた。小柄な体に真っ白いワンピースを纏っている。肌も色白で、ブロンドの髪もあいまってか、外人のように見えた。
「おはよー、ゆーたー」
「ああ、おはよ」
彩香は眠そうに目をこすりながら、ウッドデッキに上がると、雄太の膝の上にちょこんと座った。
「おい、煙草があぶねーってば」
「えへへー」
自分の頭を雄太の胸に凭れかける彩香。ほのかな石鹸の香りが、雄太の鼻孔をくすぐった。
雄太は、咥えていた煙草を急いで掴み取ると、灰皿にこすりあてて火を消した。彩香をどかし、おもむろに立ち上がる。そして、彩香の頭に、ぽんっと自分の手を乗せた。
「車のカギ開いてるから、先に入ってろ。すぐ行くから」
「うん!」
彩香は元気よくうなずくと、とてとてと走り去っていった。
***************
「のど渇いたし、カフェでも寄っていくか」
二人は駅前のショッピングモールに来ていた。雄太の家から車で片道十分程度。駅に近づくにつれて、畑や雑木林などの自然がなくなり、代わりに飲食店や雑貨店、美術館など様々な建物が並んでいた。
雄太たちは、レンタルDVDを返したり、本屋で漫画を数冊買ったりすると、ショッピングモール内をあてもなく、ぶらぶらと散策していた。
「彩香、オレンジジュースがいい!」
先程、本屋の隣のおもちゃ屋で、小さなクマのキーホルダーを買ってもらった彩香は、上機嫌に歩を進めていた。
二人は通りがかったカフェに入ると、雄太はアイスコーヒーを、彩香はオレンジジュースを注文した。通路側のテーブル席に座り、一息つく。
彩香は、オレンジジュースをストローで一生懸命飲んでいたが、しばらくすると、飲むのをやめて、テーブルに置かれたアイスコーヒーをじーっと見つめた。
「飲むか?」
「え、いいの?」
雄太がそっとアイスコーヒーを彩香のほうに押しやると、彩香は表情をぱあっと輝かせて、それを一口含んだ。
すると、すぐに顔をしかめて「にがーい」と口にした。
「そりゃあ、砂糖も何も入れてないからな」
雄太はくつくつと笑うと、彩香からコーヒーカップを受け取り、それを飲みながら通路のほうを見やった。
カフェの前の通路では、様々な人がそれぞれのペースで歩いている。家族連れ、若いアベック、数人の小学生たち。
「また、来ような」
目の前の少女にそっと語り掛ける。
彩香は、ニコッと笑って、「うん!」と答えた。
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