12.嘆息

「やぁ。義足の調子はどうだい、長門ナガト?」

「違和感はあるが、支障はないさ」


 清潔感のある一面真っ白な部屋で、2人が話している。

 片方は全自動の機械で出来た椅子に座る、茶色い髪と翡翠色の目を持つ青年。

 もう片方は、薄青の患者衣を身に着けた長身の男。だが足は濡羽色に輝く金属に置き換わっている。


「よかった、もう介護なしで歩けるみたいだね」

「流石に、新しい足を貰っていつまでも寝てるわけにもいかんだろ。……いや、俺のことは良い。それより」

「わかってる。彼女のことだろ」


 男の言葉を遮った青年は、部屋の中央の、純白のベッドに視線を動かす。

 ベッド、というには物々しい。ベルト、手錠、金属の板、考えうるありとあらゆる拘束具がそこにはある。

 そして、その上に寝かされているのは、ベッドと同じく真白の女性。


「ああ。彼女は何だ? あの力は?」

「……一言で表すなら、僕と同じ存在かな」


 青年の視線は虚空を泳いでいた。

 それは誤魔化しのようで、郷愁のようでもあった。


「……ちょうど10年前、ある1人の女の子が保護された。知ってる?」

「……いいや」


 急な問いに戸惑いながら、男は答えた。


「10年前……”審判の夜”。と言ったら?」


 今度は男も黙って立っているだけではいられなくなった。


「……まさか」

「順を追って話そうか。10年前、大陸連合が奇襲を仕掛けてきた。深夜、それも突然のことで対応が遅れ、物量で押してきたこともあって易々と旧首都近傍——関東近辺まで敵の侵入を許してしまった。俗に言う"日亜戦争"……長門も知ってるだろ?」


 男は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 歳月は記憶を薄れさせるどころか、より一層鮮明にしてくれる。彼にとっては嫌でしかなかった。


「空挺降下と絨毯爆撃……あっという間に関東は火の海になった。こっちも奮闘したけど、焼け石に水。敗北は時間の問題だった——」

「だがそうはならなかった」


 引き継いだ男の答えに、青年はイエスと返した。


「突如として、連合、そして日本のどちらもが関東から消え去った。軍隊だけじゃない。街も住民も何もかもが消え去った。まるで元から存在しなかったように。首都圏はした。だから別名、"一夜大戦"とも呼ばれている」


 男は改めて戦慄し、そして、彼が言わんとするところを理解した。


「……それが、この……」

「そう。本名は魔燈命。能力は”超越トランスセンデンス”。自らの害となるものを”超え”る能力」


 男は絶句し、目の前の、静かに寝息を立てる彼女を見る。

 どこからどう見ても、男にはそれが青年と同年代の女性にしか見えなかった。


「彼女があの夜、首都を消し飛ばした元凶。そして、彼女こそが人類史上初めて確認された。科学や物理などでは証明できない本当の特異点シンギュラリティ


 男は畏怖した。自分の理解の及ばぬ存在に抱くものと同じ、ともすれば、”神”のようなものに抱く感情にとてもよく似ていた。

 それは、つい先日彼女が再び引き起こした「大災害」を、間近で見てきたからなのだろうか。


「……よく、生きて帰ってこられたな。俺」

「本当にそう思うよ。悪運だけは強いね、昔から」

「普通に強運と言ってくれよ」


 苦笑する男に、彼は譫言うわごとのように呟いた。


「いいや、悪運だね。ここから先、この世はきっと地獄だよ」


 男の頭から、その言葉が消えることは一生なかった。

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始まりの誓い 津々有楽裏 @uni-corn623

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