11.終焉

 簡単なことだった。


 実に単純で、明快で、途轍もなく簡単だった。


 気付いてしまった。


「…………?」


 初めから意味などなかった。


 あるべき形などなかった。


 全てが無駄だったのだ。


 気付いてしまえばそれはなんて事のない、ただの事実に過ぎなかった。


 向かうところに敵がいる。


 敵は我らに害をなす。


 害をなされれば生きてはいない。


 抵抗せねばならない。


 ——だが、それは果たして真実だろうか?


「……!?」


 敵は誰しも刃を向ける。


 そして、それを振りあげ、降ろす。


 当然のように。なんの違和感も持たず。全く同じ姿で。


 その動作、その表情、その視線、体勢、言動、姿かたち、揺らがぬ意志。


 それら全てが全く同じであるのに、どうして区別する必要があろうか?


 我らに向かう者、その全てが、敵であるというのに——


「……やめて!」


 頭の中にノイズが走る。

 ひどく無機質で、枯れ果てたような諦観の声。

 それでいて、とても甘美な悪魔の囁き。

 自分が既に解放されていることにも気付かずに、彼女は頭を抱えてその場に座り込んだ。


 ——皆、敵だ。


 ——これまでもずっと、そうだった。


 ——これからも、そうであり続ける。


 ——故に。我らもべきだ。


 どくん。

 心臓の脈打つ音が、やけに大きく聞こえる。

 まるで、自分のものではないような。

 事実それは、彼女の意志ではない。

 囁きが、頭の中を這いずり回る。


「…………やめ、て」


 掠れた声で懇願する。ぼやけた視界でソレを捉える。己を殺そうとするもの。

 狂気の歌声は、甘美な絶叫へと変わる。


 ——我らは生きる。


 ——生きるために、殺す。


 ——敵を。——全てを。


「……やめて……やめてよ……!」


 少女の祈りは届かない。

 封じることも叶わない。

 ただ、頬に伝う一筋の滴があることに気付く。


「おねがい、だから……」


 頭が白く塗り潰される。

 あるもの全てが置き換わってゆく。

 彼女が彼女でなくなってゆく——。


 ——我に、従え。


「——嫌あああああぁぁぁッッ!!」


 舞い踊る悪魔の眼前で、大合唱が響き渡る。

 虚空を伝い、地表を伝い、水面を伝い、人間を伝い、歌は彼方へ流れ行く。渦巻く全てを飲み込んで、声は轟き、世界が崩れ去る。


 あるべき姿が形を失う。

 誰も望まぬ異形が生まれる。

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