10.絶望

『お前なんて生まれなければよかった』


 そう吐き捨てた男の顔はもう思い出すことができない。

 誰かの子として生まれてきたのに、それが誰かはもはやわからない。


『なんであんたなんかが生きてるのよ』


 そうわめき散らす女の顔はよく覚えている。

 原型がなくなるほどぐちゃぐちゃになった表情で、いつもいつも泣き叫んでいた。


『お前がいると邪魔なんだよ』


 そう言って殴りかかってきた同級生の男子数人のことも覚えている。

 皆、いつもと同じ笑顔だった。今ではもう見ることもできない。


『くっ、来るな、化け物』


 挙げ句の果てに、皆、怯えたような顔をする。

 誰が誰ともわからない。ただの有象無象。


『ヤバイよ、逃げよ』

『近付かないほうが良い』

『生きてる価値ないな』

『死ねばいいのに』


 聞き飽きた文言だ。

 ——もうたくさんだ。


 誰もが笑っている。

 ——誰もが口に出す。


 絶叫が響き渡る。

 ——誰かが泣いている。


 忘れたいと望んだ過去が、忘れようとした憎むべき記憶が、大きな1つの津波となって彼女の元へ押し寄せる。


 憤怒、絶望、後悔、殺意、悲哀、憐憫、悪意。


 渦巻く全てが混ざり合う。吐き出され、辿られ、めちゃくちゃにかき混ぜられる。


 "理性"という名の坩堝るつぼの中で、みんな等しく押し潰される。何も無い平坦な荒野になる。


 全てが崩れ去ってゆく——




 その渦中。

 1つの声が響いた。




『……ごめん』

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