9.憤怒

「……ふふっ……うふふふ……」


 少女は笑みをこぼした。心中を言えば大声で笑い転げたかったが、流石にそれは出来ない。

 ただ、どうしても溢れる笑みを抑えることができなかった。自らを見下し、遥かな高みにいる純白の女を引きずりおろし、バラバラに引き裂くことがこれ以上ないほどの快感だった。

 もっとも、彼女にそれが効いているかは正直なところ微妙なものだ。


「やっぱりあんた、成長したわね」


 いつの間にか、あるべき姿のままの彼女が背後に立っていた。

 ゆっくりと振り向きながら、少女は笑う。


「ええ……感謝するわ。貴様が私の能力の隠れた部分を目覚めさせてくれた」


 振り向きざまに彼女の腕を——を、捻じ曲げる。

 存在ごとねじ切られた彼女の腕は、ぼとり、と地面に落ちた。

 赤い血飛沫が飛ぶ寸前、白い光が傷口を覆い、ボロボロになった筋繊維や骨を直して断面から新たに腕を生やす。


「干渉先が変わっている」

「ご名答。じゃあ、死になさい」


 言うが早いか、彼女の周り一帯がひび割れる。干渉する範囲も能力も上がっていることに戦慄しながら、彼女は上空高くに跳んだ。

 地上の人が黒い点になって見えるほどの高度。だが、何かを察して彼女が振り向けば、そこには妖しく笑う少女がいた。


「……な」

「ふふ、はははッ!」


 彼女が言葉を失うと同時、少女は逃がさないとばかりに彼女の全方位を固め、割った。


(……空間の形状を変えて飛んだのか!)


 内心での舌打ちとともに彼女は空間を”繋げ”、再び地上に戻る。

 もはやどこもかしこも原型を留めていない住宅街の中心で、彼女は少女と十数キロの意味のない空間を挟んで睨み合った。


「——ふッ!」

「…………!」


 少女は空間を変化させ、すべてを引きちぎらんとして割り砕く。

 対して彼女は白い光を身に纏い、腕を振るうたびに光は空間のひび割れを繋いでゆく。

 四方八方、全方位から溢れ出てくるどす黒い殺気を知覚するたびに彼女の腕は振るわれ、割れた空間が元通りになっていく。

 対する少女も、地上に向けて真っ逆さまに落下しながら、負けじと彼女を引き裂こうとする。


「なっ!?」

「ふふはッ!」


 彼女が攻撃をすべて捌き切った瞬間、少女はから一気に距離を詰め、拳を突き出した。

 殴られたことに気付いた時には彼女はすでに吹き飛んでおり、めしゃりと胴体が潰れて引き千切れる。下半身が引き裂かれると同時に上半身から光が溢れ、新しいものが生えてくる。


「……はっ……はっ……」

「そろそろ限界かしら?」


 またもや背後に現れた少女は、耳元でそう囁く。

 流石の彼女にも限界はあり、能力を使い続けた影響で息切れを起こしてしまっていた。

 しかしそれでも構わず彼女は勢いよく振り向き、少女の顔面に向けて肘を叩き込んだ。


「……あらら、残念」


 しかし、それが当たったのは少女の顔ではなかった。肘を握られた上に反対の腕を背後に回され、身動きが取れなくなる。

 そして少女は、決定的な行動を起こした。


「そういえば、私、1つ思いついたんですの。試させてくださいな」


 とても無邪気に少女は話す。彼女の背中を、言い知れぬほど巨大な悪寒が貫く。

 抵抗しもがく暇もなく、少女は彼女の頭に手をかざした。


 ——彼女の瞳に深紅の炎が燃え上がった。

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