7.優劣

 今度は彼女が当惑する番だった。

 背中からでこぼこの斜面に倒れ込み、数十メートルも後ろに吹き飛ばされたところで、ようやく彼女の体は停止した。

 何が起こったのか。そう思って顔を上げる。

 見えるのは、勝利を確信したようにニヤついた笑みを浮かべる少女の顔。

 その視線の先を辿り、己の右腕に目をやったことで、彼女は全てを理解した。


「これは……」

「どうです? 自分の右腕がのをまじまじと見るというのは。ぜひ感想をお聞かせ願いたいものですわ」


 笑うことが我慢ならないというように口に手を当てる少女。

 その眼の中に見えた狂気の光は、彼女がこれと同じことを何度もしてきたことの証明だろう。


「……チ」


 舌打ちを1つ零しながら、左腕だけで上半身を起こし、立ち上がる。

 そして一気に前傾姿勢を取り、足を踏み込んだ次の瞬間、彼女の体は掻き消えた。

 存在の跡形もなく消え去った彼女に対し、少女は。


「……ふふ、2度も同じ手に引っかかるとお思いで?」


 振り返りながらそう尋ね、流れるような動作で背後から延ばされた彼女の拳を受け流し、優しく撫でるようにその華奢きゃしゃな左足に触れた。


 ——ベキベキベキベキィッッ!!!!


 腕の時よりも豪快な音が鳴ったかと思えば、膝、大腿骨や太腿の筋肉、アキレス腱など、足の余すところなく全体に力が入らなくなる。

 勢いで地面を横になって転がり、体が停止した後、彼女は視線を落とした。

 ……もはや原型を失い、あらぬ方向に曲がりひしゃげた足があった。どこからが腿でどこからが膝なのか、一目見ただけでは全くわからない。


「本当に、愛想が無い方ですわね。腕と足を1本ずつ折られたクセに、よくもまぁ平然としていられるものですわ」


 平然としていられるわけがない、と彼女は内心呟く。

 もし自分が一般人であれば——そうであればそもそもこんな争いに巻き込まれていないだろうが——こんな傷を負って正気でいられるはずがない。

 呑気に傍まで近寄ってきた少女の顔を強く睨みつける。


「あらあら、そんな顔をしないで下さいまし。……にしても、貴女は相当すごい方ですわね」


 何をトチ狂ったのか、少女はそんなことを口にした。

 彼女は眉根を寄せ、目にさらに強く力を込める。

 少女はそんなことなどまるで気にも留めず、彼女の右足に指先をなぞらせながらつぶやき続ける。


「何故かは存じ上げませんが、貴女、複数の能力を使い分けられるのでしょう? 普通は1人に1つ、多くても基礎能力の発展形として2つ程度ですのに」


 右足の芯からも軋むような音が響きだす。

 少女は、彼女を完全に滅殺することよりも、自分が受けた屈辱を返すことに目が行っているようだった。


「名前はともかく、左右の腕からの衝撃波、外的要因からの攻撃の遮断、果ては空間転移までお使いになれるようで。羨ましいですわ。そんな恵まれた能力を身に着けることが出来るなんて」


 トン、と少女は彼女の右足を指先で軽くはじく。

 右腕と同じように音を立て、また曲がってはならない方向へと足が曲がった。

 少女は片足を使って、彼女を仰向けに転がらせる。


「ホラ……私はこんなことしかできませんの。物体の形状を弄ぶ能力……私を研究した科学者たちは”突然変異ミュータント”と言っていましたわ」

「突然変異……」


 左腕をも折られながら彼女は反芻する。

 突然変異。なるほど言いえて妙だと思う。突然地面が形状を変え、壁が生え、津波が起こる様などまさに変異したかのようだった。

 今も己の体をへし折り砕いているのも、人の体そのものの形状を変えているのだろう。


「ふぅ、納得していただけましたかしら。私がどうやって貴女をここまで追い詰めたのか」

「……ええ。よーく理解できたわ」

「そうですか。それは良かった。では」


 薄い笑みを張り付けたまま、少女は彼女の首元に人差し指を添える。

 首筋が軋みを上げたのがわかる。


「貴女の能力は一体なんですの? ぜひ教えてほしいものですわ」


 やはりか、と彼女は、自分の予想が正しかったことを喜ぶべきかとても迷った。

 そして、自分の命と返答とを一瞬だけ頭の中で天秤にかけ、ふと、気付いた。気付いてしまった。


「…………私の」


 そして、ゆっくりと口を開く。

 もったいぶるように、ゆっくりと、時間をかけて。


「私の、能力は……”トランスセンデンス”」

「トランスセンデンス?」

「ええ。私の能力は、衝撃を生み出すものでも、物体をはじき返すものでも、まして空間を飛び越える能力でもない」


 そう、ゆっくりと告げる。

 そして、少女の額に向けて、真っ直ぐ右腕を伸ばした。


「私は、””する。文字通り、全てをね」


 今度は間違いなく少女が吹き飛んだ。

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