6.睥睨

 少女は愉悦ゆえつを感じていた。人生において何度も経験したことのある愉悦だった。

 自分の意に沿わない連中を、思い通りに叩き潰す。徹底的に、余すことなく、生存すら許さない。それが少女の生き方だった。

 それは、自身が人の上に立つようになってからも変わらなかった。変わったのは手段のみだった。


(終わりましたわね)


 内心でほくそ笑みながら眼下を見下ろす。

 もうもうと土煙が立ち込めているのは、先ほどまで目的の女が立っていた場所。


(少しやりすぎましたかしら。ま、これも念のためですわ)


 実に数十秒も弾丸の雨あられにさらされ続け、生きているとは思えない。いくら相手が普通ではないといえども、結局は少女と同じ人種であるというだけなのだ。

 妙に奥手になって恐れ慄いていた大人たちが理解できない。いとも容易く死に至るというのに。


(それにしても、噂ほどにもありませんでしたわね。馬鹿な女)


 心底からの軽蔑を含んだ視線を土煙の向こうへとむける。

 少女がいかに思おうとも仕事はやり遂げねばならない。そしてこの場合、手を抜くことは許されない。女の安否を確かめねばならない。絶対に。

 跡形もなく消し飛んでいるだろうが、と心の中で付け加えながら。

 目を細めると、どこからか、流れるように微風が吹いた。


「——ッ!?」


 そして、土煙が押し流され、視界がクリアになった時。少女は瞠目し、今までの余裕が音を立てて崩れ落ちるのを自覚した。


「もう、終わり?」


 呟かれた言葉は、それだけで少女に畏怖を与える。

 白いワンピースの裾が風に揺れ、それにつられて、透き通るような白い髪も同じようになびく。

 白で塗りつぶされた彼女は、どこか神秘的だった。

 自分の心から、否、自分という存在そのものの奥底からあふれ出る恐怖。それを少女は拒絶した。


「……う、撃ちなさい!」


 少女は一瞬の躊躇いもなく号令する。そうすべきだと少女の本能が警鐘を鳴らしていた。理性が働く余地は介在していなかった。

 だがそれもまた無為に帰す。彼女が徐に、ゆったりとした動作で、無数にある銃口のうちの一部分へ向けて腕を振りぬいたために。

 次に響いたのはいくつもの悲鳴だった。まるで暴風にさらわれたように、剛腕に殴り飛ばされたように、大勢の武装した人間が吹き飛んだ。


「チィッ!」


 もはや落ち着いて思考する余裕などどこにもなく、少女は足元の岩石を強く踏み叩いた。

 すると、水面を波紋が伝わるように地面が幾重にも隆起し、巨大な岩石の津波となって彼女のもとへと殺到する。

 土の壁を砕き、車を押し除け、さらに背後の住居の数々をも轢き潰して、最終的に1キロほど先のビルの壁まで到達してようやく止まった。


「これで……——っ!?」


 "終わり"。そう言いかけた少女は、しかしてまたもや驚愕した。

 少女の足元から前方へ向けて放射状に伸びる、太く尖った岩石の斜面。数十階建てのビルにまで届く、その終端。

 そこに、いつの間にやら『彼女』はいた。

 少女は一瞬たりとも目を離しはしなかった。瞬きすらしている余裕はなかった。

 ただ、瞬きすらも、人の認知すらも遅く思えるほどの刹那にも満たない瞬間に、既に彼女は存在した。初めからそこにいたかのように。


「…………何、なんなんですの、貴女」


 そんな呟きが知らずと漏れる。少女と彼女の間にあるはずの空間は、なんら意味をなさなかった。

 ここからでも彼女の白く輝く瞳が見える。元々の肌色も相まって、純白に包まれたその姿は現実から遠くかけ離れている。

 さながら、地上に降りたる神の如く。

 少女の本能は、いまだ狂ったように警鐘を鳴らし続けている。


「あり得ない……」


 そう、呟くしかなかった。

 もう既に彼女は、お互いの声が聞こえる位置にまで迫っていた。


「何よ、そのお化けでも見たような顔は」

「……お化けならどれほどよかったことか」

「失礼ね。あんだけのことやっときながら」


 自身の背後を振り返りながら彼女は言う。


「私じゃなきゃ死んでたわよ」

「是非とも死んでいただきたいものですわ」

「無理な相談ね。諦めなさい。死ぬのは私じゃない、あんたよ」


 瓦礫と土砂と岩石で出来た道を彼女は裸足はだしで歩いてくる。

 もはや2人は10メートルと離れていなかった。


「……諦める? 私が、ですの?」


 少女は顔を伏せる。微かに歯軋りの音が聞こえてくる。

 彼女は少女に向けて、何の感動もなく右手をかざした。

 そして、彼女が何らかの行動を起こす一瞬前。


「——ふざけないで下さいまし」


 同じように彼女に向けてかざした右手を、血管が浮き上がるほど強く握りしめた。

 彼女の細い足の下から、幾本もの岩がまるで蔦のように生え、舞う。


「ふざけるも何も」


 彼女はそれを後ろに飛んで避け、上空から襲い掛かってきた先端に手をかざす。

 意志持つ生物であるかのようにふるまう岩石の蔦は、まさしくただの岩となって崩れ落ちた。

 しかし同時に、彼女の背後から伸びたもう1本の別の蔦が襲い掛かる。

 それは狙い違わず彼女を照準していたが、彼女の体にあたる寸前、音を立てて折れ曲がった。


「こんな攻撃じゃ私は殺せないわ」


 それはただの事実だった。誇張でも妄想でもなく、真実だった。

 少なくとも、彼女にとっては。


「本当に、そうでしょうか?」

「……?」


 伏せた顔を上げた少女は、顔に笑みを張り付けていた。

 口の端を裂いたような、狂気的な笑みを。

 その意味は彼女にはわからなかったが、構わず少女の眼前に手をかざし、勝負をつけようとした。

 が。


 ——ベキリ。


 彼女の体は思い切り後ろに吹き飛んだ。

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