4.転換

 いつの日も変わらない。彼女が、彼女であることは。

 たとえ環境が違えど、周囲の人間が違えど、決して変わることはない。

 そう、決して。過去も未来も変わらない。

 ”あの日”にしても、そうだった。




 ◇◇◇




「災い」の渦中、その中心地。


 何もない一面の平野に、ただ一人の少女が佇んでいる。


 その足元を不意に一筋の風が吹き抜け、スカートがなびくと共に砂が巻き上がる。遠くの空に突き立つ朽ちた摩天楼が、視界の中で崩れ落ちた。


 静寂が包み込む平野の中に、少女は立ち尽くす。


 これは彼女が生んだ光景。だが、絶対にありえない光景。


 なぜならそこは、かつては国家の繁栄の中心だった場所。数多の人々が集い、物と金が行き交い、多くの夢と望みと問題を抱え込んだ街。


 かつて『東京ひがしのみやこ』と呼ばれていた地。


 彼女の中に眠る悪魔は、身の程知らずで傲慢で、強欲であった。


 掠れた声で少女は呟く。


 ——「どこ」?




 ◇◇◇




 一際大きな揺れが彼女を襲い、薄れていた意識がはじけた。

 知らずのうちに、彼女は睡魔に負けていたようだ。軽く頭を振って微睡みを追い出し、息を吐く。


(……久しぶり)


 夢に見た光景を思い返して、また1つ、先ほどよりも大きなため息。


「……どうかしたのか」

「いえ、別に」


 向かいに座るスーツ姿の大男は一見して冷静だが、彼女にはそれが虚勢だとわかる。

 随分と嫌われているらしい、と彼女は再認識した。


アキラとはどんな話をしたんだ?」

「……?」


 急に尋ねられた彼女は、思わず目を細める。


「何、いきなり」

「特に深い意味はない。ただ、奴とは個人的な友人でな」

「……そう。別に、特に意味のある会話はないわね」


 そうか、と返して、男は黙る。彼女もそれ以上口を開く必要性を感じなかった。

 硬いシートから伝わる振動がやけに大きく感じられる。


「……お前は」


 幾分の沈黙の末、またも不意に男は口を開く。


「お前は、今の境遇に満足しているのか?」


 彼女には、その問いの真意が理解できなかった。


「境遇? 私をこうして拘束しているのはそっちよ。私に聞いてどうするの」

「そうだ。だがお前も、それに抵抗を示したことは殆ど無いと記憶している」


 声を掛けるのすら億劫で、視線を合わせるのすら恐ろしいはずなのに、それでも男はそう尋ねてきた。

 彼女とまともに会話しようとしてきたのは、これが初めてかもしれない。


「……そうね、確かに……これは私が望んだことよ。でも、あなたには私が満ち足りて見える?」

「いいや」

「それが答えよ」


 男にどのような気の移りがあったかなど、彼女の知ったことではない。ただ隠すことでもない。彼女はいつも通りだった。

 自分のことではないかのよう。気にすら留めていないようだ。

 男にその感覚はまるで理解できないものだったが、彼女がそれを望んだと言うのだから、それで納得することにした。胸の内に違和感を抱きながら。


「……でも、いいのかしら」

「?」


 しかし、その違和感に気を取られ、車が止まったことに一切気づかなかったことは幸運だった。後の結果を思えば疑わざるを得ないことだが、それ以下の結果になるよりは随分とマシだっただろう。

 半ば無理矢理に己を納得させるために無言を貫いていた男は、彼女の小さな呟きを聞き取ることができたのだ。

 意識を向けられたことを察した彼女もまた、今度は聞こえるように言った。


「あの人たちは、私とは全く違うことを望んでいるようだけど」

「……?」


 車両後部にある大窓を横目に、なんてことのないように言う彼女。

 だが、男は眉根を寄せてその言葉の意味を数秒かけて飲み込んだ後、急いで窓の外を見た。

 次いで大声を発する。


「衝撃に備えろ! 急げ!」


 その警告が、彼女の耳に届くと同時。男の持つ通信機がその声を捉え、データとして送信する一瞬前。

 突如として地面が隆起し、彼女らが乗った車は、周囲の車のことごとくと一緒になって宙を舞った。

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