第3話 異能力
「おい晴樹……あいつのこと詳しく」
「お、おう。ほら、あいつ……可愛いだろ?」
「うん」
「でもな……ほら、あの近寄るなオーラが怖いだろ。だから陰でモテてるんだけど、誰も告白とかしないんだ」
「ほう」
「後は、いつも一人でいるってだけで、詳しく分からないけどな」
「さんきゅ」
咲はしばらく教室中を見回して、雅久を捉えるなり少し怒気を絡んだ形相で手招きしてきた。、雅久は自分を指差すと咲は強く頷き、早く早くと急かすように手招きを大きくした。
「……ちょっと行ってくるわ」
「おい、ちょっ待──」
颯爽と咲の元へ早い足取りで向かっていく雅久の背中を追っていた晴樹は拳を強く握りしめながら僅かに口を開く。
「なんでお前ばっか……」
そんな声は誰にも届く事はなく、晴樹は身の内に秘めた。
雅久がいなくなった教室では、たちまち彼の話題でざわつき始めた。彼が咲に説教されると言う者もいれば、二人を恋愛がらみに結びつける者。もっとも後者の話で盛り上がっていたとある女子グループでは、彼に限ってそんなのあり得る訳がないという結論に達し、馬鹿にされている始末だった。
そのグループの一人、一花はお弁当が喉を通らない様子で相変わらず空気と化していた。そんな時、ふと一人の女子生徒が声を荒らげた。
「もう見てらんない! 一花! そろそろ何があったの話して。落ち込んでるのなんてあんたには似合わない!」
「……あ……ありがとう。でもこれは本当に私の問題なの。だから気にしないで欲しい」
「もうっ、やっぱり。とりあえず悩みを聞いてくれる人が周りにいるって事忘れちゃダメだからね」
「……ありがとう。玉木、みんな」
ほんの僅か瞳に輝きを戻した一花は、お弁当を一口だけ口にして弱ったように咀嚼した。
「それで、俺が何をやらかしたってんだ?」
「えっと……何を言っているのですか?」
「だってさっき怒ってたじゃん。めっちゃ睨んでたじゃん」
「それは……ごめんなさい。私本当に人前苦手なんですよ。視線に過剰に敏感で。だからどんな顔すればいいか分からなくて」
「……そうか。じゃあそこまでして俺を呼び出すって事はよっぽどの事なんどな」
「その通りです。寧ろ雅久さんの想像以上によっぽどですよ。これは確信しています。ここではなんですので場所を変えましょう」
そうしてやって来たのは体育館裏。屋上という案もあったが、真夏の真昼間の屋上は地獄に等しいということで、まだ涼しく人気のいない日陰であるここへ来たのだ。
「あの、雅久さんはつい最近身体に異変みたいなのを感じませんでしたか?」
「全く」
「そうですか。じゃあ私だけですね」
「ん?」
「今から見せるものは嘘偽りのない現実です」
「お、おう」
何が始まるのかと心なしか期待していた雅久の前に、咲は傷一つない真っ白な腕を差し出してきた。か細くて頼りない、一人で生きていくには不安だろう腕だ。そんな彼女の行為が何を意図しているのか理解できなかった雅久はとりあえずその小さな掌を握った。
「すみません。私が悪かったです。見ているだけで大丈夫です」
「あ、ごめん」
咲は半ば強引に雅久の手を払い、再び掌を差し出した。
「何をするんだ?」
「見ていてください。結構恥ずかしいんですよ」
「おう」
咲は深呼吸を繰り返し、どこまでも真剣な眼差しを自分の掌に向けている。雅久は言われた通りに口を結んだまま咲と同じ視線の先に目をやる。掌がなんなのだと余計な思考を巡らせていた雅久だったが、そんな彼はたった今起こったその現象に動揺を隠しきれなかった。
雪のように真っ白なただのその掌は、内側から白色の光のようなものに溶明を始めたのだ。他者から浴びせられた光ではなく、咲の掌が光源となり、それは二人の目に染みるほど強烈な光へと化した。日が南中している最中、二人だけの体育館裏でのその出来事は、きっと誰が見ても目を眩ませるほどの幻想。眼底から痛みが生じるほどの強い光に耐えられない二人は思わず目を瞑る。
「なんだよ……これ」
「……なんなんですかね」
その掌の光は次第に溶暗を始めた。するとその出来事がまるで嘘だったかのように辺りは平穏な景色で、咲の掌はただの掌だった。
空いた口が塞がらない雅久に苦笑する咲だがその反応を取れない方が無理であろう。かつてないどころか非現実的なその現象に雅久は出会しているのだ。
「……」
「これが現実なんです。夢でもない妄想でもない現実。これが何のためにあるのか私にだって分かりませんよ。雅久さんのお見舞いに行くようになってからこの現象が起こるようになって」
そんな彼女の言葉を聞き流しているように硬直していた雅久は、数秒の沈黙を置いて一歩踏み出すなり咲の腕をガシッと掴む。
「お前……」
「えっ? は、はいっ!」
か細い腕を握り締めたまま、雅久はたじろいだ咲を一点に見つめると、口を開く。
「これで節電できるなっ!」
「……はい?」
予想だにしなかった言葉なのだろうか、咲は複雑な表情を隠せなかった。
「信じてくれるんですか?」
「信じるも何も、どう疑うんだよ。タネも仕掛けもないこの掌で行われた現象を、俺はこの目でちゃんと見てたからな」
「……なんか、雅久さんが一花さん好かれてる理由が分かった気がしました」
「お、おう」
「後、これ結構疲れるんですよ。発光している間は莫大なエネルギーが消耗されてるみたいで。節電ができたとしてもそれ以上に食費とかが高つきそうです」
「需要ねぇな」
「それは言わないで欲しかったです」
笑い合った末、まだお腹を満たしてない二人はお弁当を食べようと教室へ引き返す。それから雅久は、あの幻想的な出来事の余韻に浸りながら午後の授業をまばらに受けていた。
今日最後の授業は終わりを告げ、彼は放課後も咲と現象のことについて話したいという純粋な欲求に駆られるがままに教室を出ようとしたのだが、
「待って」
一花に裾を掴まれたのだ。振り返る雅久はその美貌の前に困惑と動揺を隠せない。しかし、いつもとは違うその陰湿な美貌が、また独特の魅力を醸し出していた。
「どうした?」
今の雅久にとって一花とは大した関わりはない顔見知り程度の存在だと認識しているが、周囲の言葉により彼女は良い人だと理解しているため雅久は比較的穏やかな口調で返答した。
「……行かないでよ」
「そんな無茶な」
裾を掴んだまま俯いている彼女に雅久は訝る。
「違う。遠くに……行かないで」
雅久の心は抉られた。なぜなら彼女の目が潤んでおり、雅久はその原因が自分にあるのだとしか思えず、焦りながら自分の意思に反して口を開かせる。
「行かないよ同じクラスだし。転校する予定もないよ。大丈夫だから」
「……」
返答をするも一花は顔色一つ変えずその場に佇んでおり、どうやらそれは一花が欲しかった返答ではなかったのだろうと雅久は察し、その末に落ち込んでみせた。
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