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『じゃあ、そしたら……!お兄さんが、私を――もらってくださいよ』


 突然の告白を受けたのは昨夜の事だ。

 その女の名前も知らない。

 一つ分かっていることがあるとするならば――自分と同じく生に執着を捨てた人。

 彼女が時折見せた冷めた目は、まさにそんな感情の発露に感じた。

 きっと、俺や、かつて一人で無機質な部屋に籠っていたあいつと同じ、親無し子なのだろう。

そんな、彼女がなんのために、もらってくれ。なんてセリフを吐いたのか、それを分かるぼは恐らく本人だけなのだろうが、初対面の奴におちょくられたと考えると、次に会うことがあれば文句の一つでも言わねば気が済まない。

なんて、あの天邪鬼にどうやって復讐をしようかを隅のソファーで寝そべって考えている時。

一つの人影が上から覗き込んでいる気配を感じた。


「ソファーで寝そべる時は、靴を脱げとあれほど――」

「うっせぇな……、わかってるよ、高いんだろ?このソファー」

「そうだ。ここのは私が全部拘ったんだ。私の城だよ」


大層な台詞を宣うこのおっさんだが、この国の治水工事の全てを牛耳っている権力者――河本隆志である。

こんな台詞を吐いたところで誰も同意こそすれ咎めたり、嘲笑したりはしないだろう。


「すまんが、これから少し出てくる。留守を頼む」

少ししゃがれた声と疲れを滲ませたシワの寄った目元がいつもより目についた。


「あぁ?構わねえけどよ。おっさん疲れてんだろ?

呼びつけりゃあいいじゃねぇかよ。ジジイなら出来んだろ?」

俺の何気ない呟きとも、ボヤキともとれる一言に、顔をしかめるおっさん。

「この私におっさん、ジジイと言えるのはこの国で君くらいだよ」

少しばかり口角が上がる河本はどこか面白がっているように見えた。


そして、少しばかり上がった口角が元の位置に戻ってから再びおっさんは口を開いた。

「これから会うのは仕事じゃ無い。私用だ。今日は出廷する日だと聞いている。

世話になっているし、手土産を持って伺うのが筋で、疲れている中、呼びつけるのは話が違うだろう」


「ほーん、そういうもんかねぇ」

河本の理路整然とした、相手を思う心の内を気持ち半分聞き流し、適当な相槌でごまかした。


「まぁ、無礼者で無頼者の君には関係ないだろうが」

「ほっとけ。まぁ、きぃつけてな。あとさっさと寝ろ」


「はぁ……。君にも可愛げが有ればね。……まぁ、今日は言う通り、終わったら家でゆっくりさせてもらうよ」

「へいへい、行ってこい行ってこい」

俺の僅かばかりの親切心を無下にはせず、朗らかな毒気のない笑顔を浮かべてダービーハットを被り、扉に手を掛ける河本。

「よろしく頼むよ、穂高くん、い夜を」


そうして、扉の先へと消えていった河本の背中は、

普段の切れ者、フィクサー然としたものが抜け、どこか現役を退いたお爺ちゃんという雰囲気だったのが少し引っかかった。





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