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「ちょっちょ!冬馬さん!どこ行くんですか!」

「いいから。乗れ」

久しぶりにまともなご飯を食べ、春の陽気に負けて春眠をむさぼっていたところを、見た目や第一印象とは裏腹にしっかり者ということが判明した冬馬さんに日当たりの悪い6畳半のお城から引きずり出され、そして真新しいヘルメットを頭に押し付けられ、昨晩のようにリアシートへ載せられたのだ。


嫌々ながらも、観念してヘルメットの首紐を締め、前に乗る冬馬さんの腰に手を掛けた。昨日より少し力を手を込めて。


「ちゃんと捕まってろよ」

その言葉と同時にエンジンが低く唸る音がアパートのカーポートに響く。


少しばかり踏ん張るように音を鳴らして、バイクはアパートのある路地を抜け、大学通りへと抜ける。

昨日の風雨に散った桜の花火を振りまきながら国立の街を貫く桜並木の下をかけるバイクのリアシートから、昨夜はしていなかった少し年季の入ったゴーグルをかける冬馬さんはどこか、優しい雰囲気を帯びていた。


「どこ行くんですか!急に!」

大学通りの突き当たり、国立駅のロータリー前を立川方面に曲がろうと、エンジン音が一瞬止んだ時。私は思い切って聞いてみる。なんせこのままどこに連れて行かれるのか分からぬままに、ここに乗るのもなんだか目覚めも悪いと思っていたところだったから。

「黙って乗ってろ」

ゴーグルのせいで表情は窺い知れぬが、言葉の調子は変わらないままにキツく突き放す冬馬さんに私はむっとする。黙って乗ってろって、何様のつもりなのだろうか。

"居候の分際で"と思ってしまう私が居る。朝ご飯の事に関してはありがたいと思っている。けど、私はそもそも頼んだつもりなど無いのだ。

なんて、そんな不義理で傲慢な事で心を満たしている時だった。

「ぅぁっ!」

立川方面へ駆けるバイクを春の悪戯な風が横から煽って来たのだ。自分勝手な考えに頭のリソースを割いて手元が疎かになった私は思わずバランスを崩し、道に投げ出されそうになる。

「馬鹿っ!」

物凄い力で、バランスの崩しかける私を止め、空いた手と体重移動で巧みにバイクのバランスすらも戻す慌てた冬馬さんがそこにはいた。この人でも慌てる事あるのか。と一人優越感に満ちた時。ゴーグルを上にあげ、再びあの夜見せた殺気を感じた。

「アホか!死ぬ気かお前!」

忙しそうに走る中央線の音も、ふらつくエストレイアを抜いていく車達の音すらもかき消すほどの大きな怒号を浴びせられる。

「ごめんなさいっ!ちょっと考え事してて……」

思わず私の口から出た言葉は意外にも素直な謝罪であったのだ。雑念や損得勘定なしの素直な謝罪。自分でも驚いた。それ程に冬馬さんの怒号が響いたのだ。

「ッ……。もういいよ、悪かったよ。怒鳴って……」

べつに、冬馬さんが悪いわけではないのに、それでも無感情ながらに謝っているあたり、やはり根はいい人のようだった。

先程の不義な考えも頭から抜け落ちて、バイクが再び勢いを取り戻し街を走り抜け始めた時。

「今度こそ。ちゃんと捕まってろよ」

冬馬さんは、私が腰骨辺りを控えめにつかんでいた腕をグッと引っ張って。自身の腰元に巻き付かせたのだ。

私は反応できなかった。意外だったから。

この人が。いや、私達はお互いに警戒心の塊だと思っていたから。それを急に身体に触れる事を許してくれるなんて。ここで私が武器を持っていて、殺そうものなら簡単に殺めることが出来るだろう。けれどそんな事は出来なかった。

先の怒号は、きっと素直に私を心配しての事だという事が分かっているから。別に信頼なんかしてはいないけど、自身の身を案じてくれる人の気持ちを無碍むげにする程落ちぶれてはいない。

だから私は答えかわりに、待ちつけた腕にほんの少し力を込めた。


「次は、気を付けろよ……」

「……分かってますよ」


先程より少しだけスピードの上がったバイクの運転手の思いのほか、か細い背中に身を預け、久しく感じることのなかった春の風に身を預けるのだった。

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