雨上がりの陽の味は

1

春の優しい雨とは程遠い、嵐のような風雨の音を聞きながら夢を見る。

秋の長雨が土を濡らし、両親と私と弟が住む集落の外れの家の側の川を茶色く染める。

この後この集落を襲う巨大な台風の事も、ぎじっと軋む山の音にも、耳を傾けず、私達は家族最後の晩餐を楽しむ夢。会話なんかない、あったかい朝ごはんとは裏腹に冷め切った家庭の中で、出汁の効いた味噌汁と、少ししょっぱい玉子焼きを私は夢の中で頬張るのだ。



だけど、少し思い出と違う味、なんだか本当に味がする。

だいぶ現実的な夢だと思う。食感もリアルな味がする。

もそもそと咀嚼しているとき、もう一つ玉子焼きを入れられたのだ。


「むっぁ!」

「……よぉ、起きたか?もう10時だぞ、早く起きろ」

驚きつつも、口に放られた玉子焼きを咀嚼しながら飛び上がる私を、菜箸片手に見下ろす少しくたびれたシャツと無精髭とバサバサの髪の毛の清潔感ゼロの彼、穂高冬馬が見下ろしていた。

どうやら玉子焼きは夢でもなんでもなくて、実際に口に突っ込まれた物の様だ。その証拠に私が昔買った時以来使ったことのなかった折り畳み机の上に紙容器に入ったお味噌汁と、玉子焼き、そして、パックのご飯が二つ分。

美味しそうに湯気が立っていた。

「これ……冬馬さんが?」

私が意外そうな顔を浮かべていると、冬馬さんがタバコを咥えながら、不服そうな顔を浮かべた。

「そりゃそうだろ。ってか、お前さ、女なら料理の一つでも出来ねぇと嫁に貰われないだろ。フライパン一個しかないし、包丁もねぇなんて、女の部屋なのか疑ったよ」

「別に、嫁に行く気ないですから。どうせ死ぬんだし。それに……今時女だからとか関係ないと思いますけど?あと、タバコは外で吸ってください、賃貸だし困るんですけど!」

「ったく、わーったよ!めんどくせぇ世の中だな……。あ。飯、先食ってくれや。せっかくあったかいんだから冷めないうちにな」


ごそごそとポケットを漁りくたびれたマッチ箱を取り出して、大きな窓から外へ出る冬馬さんを尻目に、私は久々にまともなご飯を口に運ぶ。


「全く……寂しいやつだよ。お互いな……」


煙草の独特の匂いに乗って、そんな独り言が聞こえる。

寂しいやつ。なんて、そんなの分かってる。

所詮、今の私の存在意義なんてのは復讐の冷たい炎に焼かれる人殺しだ。人の感情を読んで。先手を打って気に入られる。そして用済みになったところで切り捨てる。

その繰り返し。そして私は、故郷を、本郷谷を水の底に沈めた彼らを消す。

それが叶った先の私なんて、どうなってもいい。

後にも先にもあの日から、いやあの日までも、ずっと孤独だったのだから。いっそ簡単に死ねたなら。どれだけ清々しいのだろうか。

今、日当たりの悪いこの部屋に差し込む春の日差しなんかよりもよっぽど清しいことだろう。

夢の中よりもしょっぱかったはず玉子焼きも味噌汁もなんだか味気なく感じる。

赤の他人の心を読む。それは一族の中でも禁忌とされた。それは、他人の心というものを覗き見るのは、他人の家の箪笥貯金のお金を勝手にペラペラと数えるような行為と同義だから。

ある意味盗むだけよりタチが悪い。

この力のせいで全てを失って、今の全てを得た私は気づいたのだ。

私はただ、誰かの愛情を望んでいたのだ。多分。……自分には確証なんか持てないけれど。

まぁ、皮肉なことに今更愛情の存在なんかに気が付いたところで、私はもういずれ死ぬだろう。

それが切り捨ててきた人の恨みに焼かれるのか、街を歩いている時に車に突っ込まれて即死なのかはわからないけれど、愛情なんて形のない物なんて、復讐という要件定義のはっきりしたものに比べたら、どれだけ貧弱で消えかけの焚き火の火種の様な物なのかと思ってしまうのだ。


東京郊外の寂しい住宅地にそれ以上に寂しい奴が二人、お通夜前の安置所の様なそんな雰囲気のアパートに、死ぬことを一直線に捉える若人二人がそこに確かに存在した。

暖かい食べ物の湯気と冬馬さんの吐いた煙草の煙が混在した部屋。

もし三途の川のほとり、賽の河原さいのがわらに日が差していたとしたのなら、きっとこの部屋の様に少し煙ったくて、彼岸花が艶やかに咲き誇るそんな土地になっただろう。


ひさびさのまともな食事、なのにどこか味気ない食事を取り終えた私はそう思うのだ。

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