春の夜風とエストレイヤとビリヤード

散りゆく夜桜より、朝日に枝垂れる藤の花へ。

1

「そいや!お前んちどこにあるんだ?」


吹き付ける夜風を切り裂きながら走るタンデム走行のバイクのハンドルを握る。穂高というに男にそう問われる。


風の音がお互いの意思疎通を邪魔する中で、

私も少し大声で声を張って応える。

国立くにたちです!と言っても、最寄りは谷保やほですけどね!とりあえず、三鷹みたかとかの方です!」

「じゃあ、道…合っ…るんだな?あと……あんま近づくな。なんか臭うぞ、お前」


風に声を遮られ、電波の悪いネット通話の様な事になっているのに、最後のところだけはしっかりと耳に届く。つくづく都合の悪い様に人の耳は出来ているものだ。と嘆きたくなる気持ちを込めて息を吸う。そして、放つ。最大限の音量で誰のせいだという恨みもこめて。

「そりゃあ!あんなとこに落とされたら臭うでしょうね!」と

「っ、うるせぇな!まぁまぁ、運良かったじゃねぇかよ。臭うだけで済んで、洗えば落ちるんだからよ。生きてるだけマシだろ」

先ほど私をビル10階程の高さから、豚骨ラーメン屋の残飯置き場に落とした上、私の口に弾の入った銃口を突っ込んだ男が何を言っているのだろう。私がこうなったのは貴方のせいだと言ってやりたい。が、そんなことよりもこの奇妙な状態。

熱くなった頭を夜風に冷やされて、

そもそもどうしてバイクの後ろで、思ったより大きい背中を眺めているのだろうと、我に返る。


あの路地で、号砲の如く一発の銃声が密かに鳴った後の出来事。


 ——クビになったからよ。雇ってくんねぇか?


「嫌です」

「住むところだけでいいからよ」

「嫌です」

「そこを、頼む!」

「嫌です」

「たの……」

「いーやーでーす!」

「なんだよ、釣れねえな……じゃあ、お前、そのドロドロして、くっさい豚骨の獣臭でもまとわりつかせて電車乗るのか?まぁ、それでもいいけどよ。それとも俺を居候させるのか。どっちだ?」

「ゔ……」

人の弱みに付け込んで、好きな子をいじめる小学生みたいな笑みを浮かべる穂高という男。

ほんっとに性根が腐っているとしか思えない振る舞いだ。

「ほら、どうすんだ?」

「一週間だけ……なら」

「1か月だ」

「え、無理ですよ!ワンルームだし」

「そこを頼む!なんとか!」

「はぁ……、じゃあ、梅雨の時期までなら。」

「いいのか?!助かる!」


ビルに囲まれた狭い路地の奥で

このまま、悪臭を纏い《まと》電車に乗るのか、それとも私の命を狙った人に家まで送ってもらい、住むことを許すのか。


脳内協議の結果、人の尊厳を守ることに傾いて、彼をうちで面倒を見る代わりに彼の愛車に跨ったのだった。

結局、私が獣臭まとわりつかせたのは、この男だと言うのに、気がつけば臭い、臭いと言いつつも、私を置き去りにしない辺り、意外といい人なのかも知れない。

さっき本気で私を殺そうとしたけど……。


バイクのエンジン音と空気を切る音に阻まれぬように、再び彼に問うのだ。

「本当に来るんですか?うち狭いですよ。1Kだし!」

「あぁ?!壁と屋根さえあれば俺はいい!」


と言う訳だった。


二人乗りのバイクは、西麻布を抜け、旧山手通りへ、そして国道20号線をひた走る。

今ドキ珍しくけたたましいエンジン音と煙を吐き出しながら、煌々とネオンや街灯眩しい街並みを走り抜けるレトロなバイクは、春の夜風に豚骨風味の匂いを混ぜて、私の住処へ、バイクは夜を縫っていく。

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