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「どこに行ってたんだ?」

「いいだろ、どこでも……。なんか問題か?」

「君には高い金払ってるんだ、仕事はちゃんとしてもらわないと困るんだよ」

「へいへい、わーった、わかったよ。ったくやかましいな……」

悪態をついてクシャクシャの煙草に火を付ける。

「ここは禁煙だ、外で吸え」

先程から口うるさい奴こそ、今の俺のお得意さん。

河本隆志かわもとたかしである。詳しくは知らない聞いてはないが巷では、

『彼ある所に工事あり』『歩くゼネコン』なんて言われている彼はどうやら国土開発の元締めであるようだ。

いつもその周りには俺以外の護衛を二、三人付けて、その代金を払っても余りあるだろう心付けを色んな黒い筋からもらっているようだった。

まぁ、俺としては、こいつがなんであろうが金さえ貰えればそれでいいのだが……。

「へいへい、わかったよ。じゃあ外行くわ」

「税金……また上がるらしいぞ」

「俺の金の使い道くらい俺に決めさせろっつぅの」

最後の最後まで小言を言われつつ、このクラブの一室の裏口から外へ出る。

そして、眩いネオンや照明に輝く六本木の街の片隅で煙草をくゆらせるのだ。

ちょうど一年前、九州の一大勢力を誇った進藤会しんどうかい系幹部集団殺害事件の犯人として、警察にも組の連中からも嫌疑をかけられ、追われていた俺を警護のために雇い、さらにカネで揉み消したのだ。それほどの価値が俺にあるのかは分からないが、それでも仕事は仕事。俺のような特異点の奴らが生きるにはこれしかないのだから。


煙草の火を消して適当にポイ捨てした後、あの一室へと戻る事にする。どうやら今日も心付け熱心なお客さんが来るみたいだし、高い金をもらっている以上は働くのが筋でだろう。

改めて己の矜持を持って扉を開く。


そこで俺は出会った。綺麗な黒髪を湛えた、どこか危うい少女に。全てを見透かすような綺麗な瞳の少女。綺麗だと思うと同時に得体もしれない寒気に襲われる。


「春野咲良ですっ。よろしくお願いします」

「高城くん、この子は?」

「あ、あぁ〜、以前にこっちの心遣いも、というのをおっしゃってましたから……付きましては此方の次期提案の方を……」

なにやらもそもそと口元を隠してなにやら立ったまま、取引の話をしているようだ。差し詰めこの少女はいつも熱心にこの男の元を訪れる男からの手土産のような物らしい。

しかし何というか、高城という男も危ない危険物をよくも持ってきたものだ。お陰で真面目に仕事をしなくてはいけないようだ。


ったく、面倒な事だと毒づいて、再び煙草を吸おうとソフトパックとマッチをポッケから取り出して火をつける。

そうして、再び戻そうとした時に気づく、これが最後の一本だと言う事に。

ソフトパックを振っても、上を破り開けても中にはお目当てのものが入っている様子はなかった。

(もうねぇじゃねぇか、昼は二箱あったのによ……)

「おっさん、煙草買ってくるわ、すぐ戻る」

「お、おい!だから外で吸えとーーー」

「分かってるよ!うるせぇな……」

雇い主に簡単に伝え、いつも通りの小言を貰い外へ出る。


「いいんですか?あの人出て行っちゃいましたけど」

「あぁ、いいんだ、それより咲良ちゃんは何を……」

「私は〜……こう言うの……」


俺が出た後に始まったどこぞの安いキャバクラのようなやりとりを聞き流し、裏手の扉から外へと抜ける。

あの少女に若干の不安分子の匂いを感じながらも、煙草の欲求には勝てず、愛しのヤニの味を求めまだ少し肌寒い風の吹く夜へと溶けていった。

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