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 これから飲みに出かけるのであろうネクタイを緩めたサラリーマンや、大きなキャリーバックを引く異邦人、これから新入生歓迎コンパでもするのだろう。

サークル名が書かれたダンボールの板を持った大学生など、様々な人種の坩堝るつぼの隙間を縫って、私は新宿駅の構内を抜けて、東京メトロ丸の内線に乗ること10分程、高城に指定された赤坂見附あかさかみつけという駅に到着した。

 少し指定された時刻より早く到着して、手持ち無沙汰になり、スマートフォンを弄る。

すると、SNSのプッシュ通知が目に飛び込んでくる。

『10代女性、50代男性を殺害、原因は報酬面でのいさかいか?』

今のご時世、特に珍しくもないこの類のプッシュ通知に浮かんできたニュースを流し読みして、アプリを上に弾いて落とした。


 10年前、日本各地を襲った未曾有の台風『カンムリ』は、死者・行方不明者、建物損壊数、損害額、全てを更新したまさに天災と呼べる代物であった。

その台風により、経済は衰退、一時的に教育が停止、そして圧倒的貧富の差が生まれたのだった。

 台風の前後10年に生まれ、住む場所も家族も全てを失った孤児たちは『シンギュラリティ・チルドレン』と言う不名誉な名前を付けられ、憐まれ、嘲笑され、差別化され、突貫工事で作られた孤児院という名の牢獄に押し込められたのだ。


シンギュラリティ――特異点と言えば、

かっこいい横文字だが、ただの特異な可哀想な子供達の蔑称。当事者達はもちろんその世代に生まれた者は皆一様に世間で差別を受ける。

 私はそんな失われた世代のど真ん中。家族も、金も、感情も、人権も全て失った世代。


 そんな彼らはどのように生きるのかと言えば、私のように金持ち相手に春を売るか、盗みや押し込みなどで稼ぐか、そして、身分の保証などされない日雇い労働者となって限界まで使い潰されて自ら命を断つ。

ごく限られた人は何か一握りの圧倒的才能を認められ、取り立てられるか、おおよそこんな物。

いい大学に行って、いい企業に入ってなんてものは、金のある家庭の子女の物で、私みたいに全てを失った子供達には異国の習慣のような物だった。

そんな、地獄のような世界でも私は生きねばならないのだ。人間全て失っても簡単に死なない事はもう知っている。そして、今は復讐の為に心の炎を燃やすのだ。



 到着してから15分ほど、黒塗りのハイヤーが駅の近くの路側帯に横付けされて、後部座席からあの時とは違い、モスグリーンに近い色のスリーピーススーツを着て、茶色のウイングチップの革靴を履き、髪をアップにセットした高城が現れた。

「ごめんね、待たせたかな?」

「い、いえ、わたしも10分前くらいに着いたので……」

「10分も?それはごめんね、行こうか」

私の肩に手をかけてハイヤーに案内する高城の手を払い飛ばそうとしたくなるのを堪えて、車に乗った。

「出してくれ」

 高城の一言と共に車が徐々にスピード上げて、日の暮れて煌々と輝くビルの灯りに照らされる街を走る車内の中で、高城に謝られた。

「さっきも言ったけど、ごめんね10分も待たせて」

「い、いえ、私が早く来すぎたからですから」

(待たされるの嫌いだし、悪いことしたかな……)

どうやら、本当に申し訳ないと思っているようだった。

「人に待たされるの嫌いだし。なるべく待たせるのも嫌なんだよね」

「そうですよね、知っ……」

咄嗟に口を噤む。今聞いたことなのに危うく知っていると言おうとしてしまった。高城は少し怪訝な表情を浮かべているので、慌てて話題を変えることにした。

「ところで、今日の高城さんなんか、お洒落ですね」

「え、あぁ、ありがとう。今日行くところは、ちゃんとした格好じゃないといけないからね」

「へぇ、そうなんですね、私もちゃんとした格好の方が良かったかな……」

「いや、僕だけだよ。それに咲良ちゃんは今日も可愛いから大丈夫」

私の褒め言葉に硬い表情をほころばせて、月並みな言葉で褒めてくる高城。

こういった遊びをしてこなかったのだろうかと思い、なぜ私と関係を持ったのかが気になった。

「そいえば、なんでパパ活なんて、始めたんですか?あんまり興味なさそうなのに」

「いや、まぁ、今日行くところにどうしても女の子と行かないと行けなくてね。それだけだよ」

「今日行く所は何かあるんですか?」

「いや、まぁ……着いてからのお楽しみかな」

今日行く場所に疑問と僅かなを感じとる私と、それを濁す高城を乗せたハイヤーは赤坂見附から日本の上位層達の街、六本木へと走っていくのだった。

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