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ここ数日の春の雨が嘘のように穏やかな晴天に恵まれた国立・大学通りのやや南武線よりのアパートの一室。

きっと大学通りは壮麗な桜並木を眺めに来た人や、新生活にまだ慣れずふわふわした心待ちのまま、新歓の波に飲まれるであろう新入生達で賑わってるのだろうな。

一方の私はと言うと、昨日西条から支払ってもらった、すこし湿った数枚の一万円札を眺めていた。

「支払いまであと四日かぁ……家賃どうしよ……」

本来の支払期限にはお金が工面できなかったので3月25日から、三月いっぱいまでと、約一週間ほど大家さんに伸ばしてもらったのも関わらす、未だにいくらか不足している始末である。

改めて期日の迫った家賃を工面するために頭を悩ませていても、

ぐぅっと、お腹が鳴る。

全く、私がこんなに切羽詰まっているのにお腹の虫は呑気なものだ。

「あぁ〜、お腹すいた……」

人間も光合成して、自らの最低限のエネルギーくらい生み出せればいいのにと、密かに毒づく。

毒づいてもお腹は膨れないので、重たい身体を引きずって部屋の冷蔵庫を開ける。何か胃に収めれるものはないかと中を覗くと、漁るまでもなく、見事に空っぽだった。炭酸の抜けて、色付きの砂糖水のようになっているであろう半分ほど残ったコーラだけが投げ込まれていた。

「はぁ、まぁ……。飲まないよりマシか」

蓋を開けると、シュゥッとタイヤがパンクしたような音がした。

そして炭酸はほとんど死んでいるコーラを一口飲みながら、

私はスマホのロックを解除して、あるアプリを立ち上げて、西条という男にメッセージを送る。

『昨日もご馳走様でした!今度は何を食べさせてくれるのか、楽しみです♪またね」

「はぁ、気持ち悪いなぁ」

気の抜けたコーラも、こんな媚びたメッセージやスタンプを送る私も、それで喜ぶ男も全てが気持ち悪い。

残り一口になったコーラを飲み干して、メッセージアプリを画面の上に跳ね飛ばし、タスクを落とす。

「やっぱり、なんかご飯食べよ……」

一人呟いて、昨日脱ぎ散らかした服の山からゴソゴソと大して好きでもないブランド物の財布を取り出して、中身を見る、421円。それが残金。財布が可哀想である。そんな可哀想な財布に昨日もらった数枚の札を食べさせて、

ボサボサの髪の毛を手櫛で梳かして、着の身着のままドアをあける。

春の優しい日差しが眼に差し込んですこし陰鬱になって、部屋に戻ろうかと一瞬思った時、再び腹の虫が主張してきた。

「はぁ、面倒くさい……」

結局、腹の虫に負けて、春の麗かなうららかな日差しと街を駆ける心地よい風を鬱陶しく思いながらもコンビニを目指して背中を丸めて歩く私の姿が街にあった。


コンビニで、おかかのおにぎりとメロンパン、そして2リットルの水を買って、再び寝ぐらに戻った私に気づいてもらおうとスマホの通知音を鳴らして来た。

おにぎりの包装を綺麗に剝いて、頬張りながらスマホをチェックする。

通知の相手は例の高城という男。

「今夜、空いてる?」

それだけの短いメッセージに、私は「大丈夫ですよ、楽しみですっ」というメッセージだけを返す。

家賃だけでなく、新たな手掛かりも得られるかもしれない。

不意に訪れたこの機会を無駄にしないためにも、私は薄暗い部屋の中で一人、食べかけのおにぎりをもそもそとおなかの中に収めたのだった。

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