第19話 まるでアナタは泡沫に消える初恋のように

「来ましたね! この羽虫が!」


 プシュケーは忌々しそうに戻ってきた俺たちを睨みつけ、炎の砲弾を放ってくる。


『私が先輩を守ります!』


 ルミナは告白魔法で炎のバリアを作り出し、砲弾を防ぐ。


『俺たちは二人で一つだ!』


 弾幕を突破して、俺はプシュケーに至近距離で炎の砲弾を発射する。


「いやあああああっ!」


 プシュケーは悲鳴をあげて吹っ飛ばされる。


「あとは、黙示の魔獣だけ!」


 俺は続けて炎の砲弾を黙示の魔獣に向けて放った。

 しかし、砲弾は魔獣に近づいた瞬間、風に吹かれたろうそくの火のようにあっけなく消えてしまうのだった。


「告白魔法が通用しない!?」

「……先輩、一旦距離を取ってどこかの建物の屋上に着陸しましょう。もしかすると、黙示の魔獣には一切の告白魔法が効かないのかもしれません」


 俺たちは仕方なく、一番近い高層ビルの屋上に降りた。

 あのまま近づいていれば、飛行能力も無効化されて二人共墜落死してしまうところだった。

 だが、俺たちが降りた場所には一人の男性がいた。


「やあ、待っていたよ。元気にしていたかい?」

「エロス!? 何故ここに!?」


 愛の神エロスは大聖堂ではなく、俺たちの前に現れていた。


「プシュケーがいなくなってくれたおかげでようやく自由に動けるようになった。おっと、そちらのルミナは初めましてだね。僕はツヅリの友人のエロスだ。君が契約したマニアと同じ神様だよ」

「色々混乱する自己紹介はやめてくれ。それより、お前はプシュケーが裏切っていると知っていたんだな」

「ごめんごめん。彼女には常に監視されている状況だったからね。君には自力で彼女を止めてもらうしかなかった。とはいえ、これでやっと君を全面的にサポート出来る。今回の魔獣顕現は僕がプシュケーを放っておいたのがそもそもの原因だ。最悪は僕がなんとかしよう。……もう一つ、解決手段がないこともないのだけどね」

「その解決手段ってなんだよ」

「黙示録を利用して魔獣を封印すること。ただし、それをするくらいなら、僕が自分の命と引き換えに魔獣を封印する方がいい」

「黙示録を利用した封印した場合はどうなるんだ?」

「ルミナの恋が犠牲になる」

「…………えっ?」


 俺はエロスの言葉が理解出来ず、思考が停止する。


「ルミナはこの後、誰とも心を通わせられずに次に魔獣が復活するまで生き続けることになる。僕の妻、プシュケーがそうだったように」

「プシュケーが魔獣を封印していたのか……」

「僕は彼女を哀れんで妻にしたが、僕では彼女の心を支えることは出来なかった。だから、同じことを繰り返さないためにも、僕が魔獣を終わらせるんだ」


「待ってください。それなら、私が魔獣を封印します」


 しかし、ルミナは日記帳を持って、強い覚悟のこもった目でそう言った。


「ルミナ!? お前はいいのか!?」

「いいんです、先輩。私は先輩のいる世界を守りたい。そのためなら、永遠に呪われても戦い続けます」


 ルミナの日記帳が青い炎に包まれ始める。


「ツヅリ! ルミナが封印を発動しようとしている! 彼女の日記帳を奪うんだ! 何を突っ立っているんだ!」


 俺はルミナと目を合わせていた。

 ルミナは俺に微笑みかけ、俺は彼女に微笑み返す。


「悪いがエロス、俺にはルミナを止められない。なんたってこいつは俺の死体と無理心中をするような奴だ。こいつの覚悟は止められない」


 ルミナの身体が炎を纏い、彼女の輪郭がだんだんとぼやけていく。


「これでお別れですね」


 ルミナの告白魔法は無数の縄と化して魔獣の身体を拘束する。

 封印の効果を付与された今のルミナの告白魔法は魔獣の無効化能力を無効化しているようだ。


 そして、ルミナは俺に向かって振り返り、


『先輩、私はアナタのことが大好きです』


 毎日のように言っていた告白の言葉を俺に伝えた。


「ひゅーひゅー、感動のお別れじゃない。あたしも混ぜなさいよ」


 だが、唐突に聞き慣れた声でとある男が現れた。


「マミヤ!? 一体どうしてお前がここに!?」

『どうしてってツヅリちゃんたちを追ってきたに決まってるじゃない。封印、「あたしたち」も手伝うわよ』


 マミヤの背後には他の告白魔法使いが勢揃いしていた。


『ツヅリン、大切な子に一人で背追い込ませちゃいけないよ』

『私たちも封印に協力すれば、ルミナさんの負担を減らせるかもしれないからね』

『これはプシュケーに騙されていた罪滅ぼしみたいなものよ。協力するのは今回限りだから』


 シンク、ハクマ、ユラギは自らの炎をルミナに纏わせた。


「皆さん……」


 ルミナは驚いていたが、俺もルミナに自分の赤い炎を注いだ。


『ルミナ……俺もお前のことが好きだ』


 俺とマミヤの炎も合わさり、封印の告白魔法は眩く光り輝く。

 告白魔法の炎は七色に変化したように見えた。


「告白魔法使いは六人のはずなのに何故……」


 俺は七色の告白魔法を見て、橙色の炎が混じっていることに気づく。


「まさか、プシュケーが――」

「はは……どこかで彼女もこの光景を見ているのかもしれないね。彼女は一人で封印を行ったから孤独になった。しかし、七人がいれば、結果は違うかもしれない。これなら、黙示の魔獣を永久に封印出来るかもしれない」


 俺とルミナには心強い仲間たちがいる。


「ルミナ、俺はお前の返事を待ってるよ。俺もお前のことは忘れたくないから。だから、いつか、返事がくると信じて忘れないようにする」

「じゃあ、私が来るまで絶対に待っていてくださいね。約束ですよ」


 次の瞬間、情炎が黙示の魔獣を飲み込んで消滅した。

 ルミナも炎と共に消えてしまった。




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