第2部 破滅の六人と黙示の魔獣

第1話 まるでアナタは雪解けを待つ桜のように−1

 新学期がやってきた。

 今日から俺はアンコール魔法学院の生徒になる。


「先輩、学校に遅れてしまいますよ!」


 猫屋敷の一階からルミナの声が聞こえる。


「ああ、今行くよ」


 俺はアンコール魔法学院の制服に着こなし、鞄を背負って階段を駆け下りる。

 制服に着替えたルミナが玄関口で俺を待っていた。


「ふふっ、先輩、なんだか楽しそうですね」

「まあな。異世界の学校ってどんなところかワクワクしているよ」


 とは言っても、魔法学院の制服は俺が期待していたよりも現代チックだった。

 てっきり、魔法使いっぽいローブのような衣装かと思っていたが、実際には俺が前世で着ていたようなブレザー型の学生服であり、ルミナも似たような服装だった。


「あまり代わり映えしない気がするけどな」

「学生になったことで資金面は困らなくなったことですし、いいじゃないですか」

「……そうだな。おーい! ラビィ! 俺たち学校に行くぞ! お前はどうするんだー!」


 俺は二階に向かって声を張り上げる。

 しかし、返事はなかった。


「ラビィ、どうしたんだ? 最近、あいつの姿を見ていないが……」

「ラビィちゃん、どこに行ってしまったのでしょう。たまにひょっこり帰ってきてはすぐどこかに出掛けてしまいますし」


 俺とルミナはラビィを心配しながらも、学校に遅れるといけないので、取り敢えず登校することにした。


          @ @ @


「やっほー! 久しぶりー!」


 登校初日、朝の廊下で教室へ向かう俺とルミナに声をかけてきたのは銀の鎧を身に纏ったギャルっぽい女子生徒だった。


「「……なんだ、フィラか(ですか)」」

「二人揃って朝から冷たいな〜。どうも! アンコール魔法学院騎士科二年フィラ・カートレットです!」


 聞いてもいないのに名乗ったフィラは俺たちに反応を求めているのかしきりにウィンクをしていた。


「悪かったな。別に邪険に扱うつもりはなかったんだが……」

「私は邪険に扱うつもりでした。さあ、先輩♡ こんなビッチは放っておきましょう」


 ルミナは大胆にも俺の右腕に絡みついてくる。

 そして、強引に俺を後ろへ振り向かせてフィラを無視して行こうとした。


「ビッチじゃないし! アタシ、ビッチじゃないから! 自分で言うのもアレだけど、結構清純派だから!」


 フィラは俺とルミナの隣に並んで歩き出し、徐に空いている俺の左腕に抱きついてきた。


「……ちょっと、何やっているんですかアナタ。他人の彼氏に手を出そうとはいい度胸ですね。それだからアナタはビッチなんですよ」

「ルミナこそ、抱きついて歩いているじゃん。つまり、これくらいは友達同士のスキンシップってことで大丈夫だよね! それにルミナとツヅリンは付き合ってるって訳でもないでしょ?」

「いや、それは……」


 俺は思わずフィラから視線を逸す。

 同時に俺と目が合ったルミナはフィラに対して勝ち誇ったような表情を浮かべる。


「えっ、まさか……」

「ち、違うからな! 別に付き合ってはいないからな!」


 俺は否定するが、フィラは怪訝そうにじっと俺を見つめていた。


「なんですか? 先輩、今のよく聞こえませんでした。先輩、あの時の言葉は嘘だったんですか? 先輩、嘘はいけませんよ。ねえ、先輩?」


 だが、否定をしたらそれはそれで、ルミナが俺の腕をきつく締め上げて段々と早口になりながら、俺を脅迫してくる。


「あの時の言葉って、俺はお前と付き合うなんて一言も言ってないぞ。ただ、好きになってもいいと許可しただけだ」

「うわあ……」


 フィラがドン引きをしていた。

 声だけならまだしも、咄嗟に俺の左腕をばっちいもののように振り払って離れるのだから俺の心

は余計に傷つく。


「ふっ、所詮フィラの愛はその程度でしかないんですね。やはり、先輩を愛してあげられるのは私だけです」

「ルミナ、悪いことは言わないからその男とは縁を切りなさい」


 フィラは俺のことをまるで悪い虫のように言ってくれるが、ルミナに関しては俺が突き放しても勝手にくっついてくるような奴なので、別に俺が悪い訳ではない……と思いたい。


 そんな時、俺はどこからかこちらを見ているような視線を感じる。


「先輩? どうしましたか?」


 俺の表情を読み取ったのか、ルミナが心配そうに尋ねてくる。


 以前にも似たようなことがあった。

 魔法都市アンコールに初めてやってきた日のことだ。

 あの時の視線はルミナのものだった。

 しかし、今回、ルミナは俺の右腕に抱きついている。

 視線の気配は明らかにルミナとは異なっていた。

 だが、登校している廊下の生徒たちから視線の主を探し出すなんてことは出来ない。


「……なんでもない」


 結局、俺は視線の主が本当にいたのかもわからないまま再び歩き出した。

 

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