第38話 まるでアナタは弱みに付け入る悪魔のように−EX2

 その後、私は先輩のお母さんに彼の恋人だと偽って通夜に潜入する。

 先輩のお母さんは私を温かく歓迎して、私と先輩を二人きりにしてくれた。

 私はその隙に眠り続ける先輩をシートと台車で葬式会場から運び出す。


 それから、私と先輩は誰も人が来ない山奥の小屋に隠れた。

 

 先輩は動かなくなってしまったが、私は夢にまで見た先輩との同棲を叶えることが出来た。

 固くなった先輩の指に私の指を絡ませて毎晩共に眠り、冷たくなった先輩の唇に毎朝口づけをした。

 廃墟のような山小屋で過ごした日々は愛の逃避行をしているような気分になり、私は先輩を更に愛おしく思うようになった。

 やがて、先輩の身体が腐り始めても、私の愛は変わらず、毎日先輩の身体を清潔にして、一日でも長く、彼と一緒に居続けようとした。


 しかし、その生活も長くは続かず、警察が山奥まで私たちを捜索するようになった。

 見つかるのも時間の問題だと考えた私は先輩に小屋の屋根裏へ隠れてもらい、ある決心をする。


 こっそりと山を降りた私はあの女の家を訪れる。

 私の手には鋏が握られていた。

 夜になり、帰宅したあの女を私は闇に紛れて背後から掴みかかり、押し倒して馬乗りになる。

 警察に捕まる前に私がこの卑しい女を葬らなくてはならない。

 喚くあの女の喉に私は鋏の刃を突き立てようとした。


 けれど、私にあの女を殺すことは出来なかった。

 鋏を振り上げた瞬間、私の脳裏に先輩の姿が映し出された。

 先輩はこの女に騙されている。

 この女は好きでいてくれた先輩の想いに応えることもなく、自分本位な感情で被害者面をして彼を拒絶した。

 先輩は死の間際までこの女を信じ続けて告白の返事を待っていようとしていた。

 私がこの女を傷つければ、先輩はきっと悲しむだろう。

 今の私には先輩の気持ちが理解出来る。

 先輩は裏切られてもこの女を好きであり続けるはずだ。

 本当に好きなら、振られたくらいで嫌いになることはない。

 あの世にいる先輩が今の光景を目の当たりにすれば、悲しむだろうと想像出来る。

 だから、私はどんなに憎くてもこの女を殺すことは先輩のためにする訳にはいかないのだった。


 そうして、結局何もせずに山小屋へと帰ってきた私は小屋に火を点けた。


 先輩のいない世界にたった一人で残される痛みは耐え難いものだった。

 いつか生まれ変わったら、今度は生きている先輩と手を繋ぎたい。

 二度目の人生なんて都合の良いものは存在しないと分かっている。

 それでも、絶望の淵に立たされた私には信じることしか出来なかった。


『絶望に身を投げ出すのはまだ早くはありませんか?』


 小屋が焼けて崩れ落ち始める最中、酸欠で意識の朦朧とした私の頭に女の声が響いた。


「……誰?」

『私の名はマニア。あなたの一途な愛に惹かれて今まであなたを観察していました』


 マニアと名乗る者の姿は見えないが、脳に直接語りかけてくるような声で話すマニアはただ者ではないようだ。


『あなたには死後、二つの選択肢があります。一つはこの世界で生まれ変わること。もう一つはあなたを必要とする別の世界に生まれ変わること』

「私が必要とされる……世界?」

『あなたには私の権能に適合する素質があります。私の使徒となるつもりはありませんか?』


 突然そんな提案をされても訳が分からない。

 私はこの声の正体が幻聴ではないかと考え始める。


『私の使徒となれば、もう一度、そこの彼と生きて再会することも叶うでしょう。条件をたった一つだけ受け入れてくれるだけで良いのです』


 先輩と再会出来るという言葉に私の胸が高鳴る。


『その条件とは――』


 私はマニアから提示された条件を聞いて、承諾を決意した。

 先輩とまた会えるなら、その程度の条件は断る理由もなかった。


 直後、私の意識は遂に途絶え、私は息絶えた。

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